アヴリルとホルモン
「おおおっ! すごい! 昭和! 昭和! 昭和のお風呂!」
風呂を掃除して、先に衣笠さんに入ってもらった。僕は居間でバラエティー番組を見ながらほうじ茶をすすっているが、なにせ昭和のボロアパート。狭いステンレスの浴槽、シンプルな白い正方形のタイルなどに感激している彼女の声がよく聞こえる。
仙台にある衣笠さんの実家はここまで古くない。
「ふぅ」
ほうじ茶を飲んだのはいつぶりだろうか。心が少しばかり宥められるよう。
眠い、少し眠ろう。
僕は卓袱台に突っ伏して、意識を吸い取られた。
◇◇◇
「うーん! このネジ式の水道、ステンレスの浴槽! 昔の家はだいたいこんな感じだった!」
お風呂場のタイルは冷たいけど、懐かしくていい感じ! 親戚の家とか、だいたいこんな感じだったなぁ。
「そうそう、これこれ、これですよ」
入浴剤を入れて入ってと本牧さんに言われた。この粉末の森の香りがするやつ! 実家といっしょ! いま住んでるマンションはミルキーバスにしてるけど、やっぱりこれも良き!
さっそく私は張られた湯に万遍なくふりかけ、手でよく混ぜた。
「ああ、いい香り……」
私、このお部屋での生活、けっこう合ってるかも。
いいなぁ、本牧さんは毎日このお部屋かぁ。隣の芝生はなんとやらで彼にとっては私が住むマンションのほうがいいんだと思うけど、みんな違ってみんな良き! 味噌もいいけど塩も良き!
あぁ、カップラーメン食べたくなってきた。お風呂出たらVチューバーの動画でも見ようかな。
楽しいことに想いを巡らせながら浸かる、森の香りのお風呂。冬の乾いた空気が湯気をもくもく吸い上げてゆくけれど、このお風呂は追い炊き可!
いま私は人生の楽しい時期にあるから、余裕がある分、大変な思いをしている本牧さんを支えよう。
そうだ、Vチューバーで連想したけど、疲れたときは気分転換! アニソンとか洋楽とか、新しい刺激を与えてみたら、本牧さんも何か閃いたりスッキリすることがあるかも。こんど色々吹き込んでみよう。
例えば私の場合、アヴリルラヴィーンを聞きながらタイピングすると、何も聴いていないときより在宅ワークが捗る。男の人だとマキシマムザホルモンあたりがいいかな。
彼はすごく真面目だから、気分転換を疎かにしがち。きっと今ごろ疲れきって卓袱台に突っ伏しちゃってると思う。
これからは私がいっしょなんだから、ちょっと強引にでも遊んだり音楽を聴いてもらったりして、健康寿命を伸ばしてあげよう。
こうなると、もはや介護だね……。
 




