人生の転機
「本牧さんは嫌いですか? このアパート」
「いや、そんなことはないよ。この季節、隙間風は寒いし華奢ですぐ倒壊しそうだけど、この昭和風情は気に入っているから、いざ解体となるとけっこう心寂しいな」
「なんだ、やっぱり好きなんじゃないですか」
「えぇ、愛着もあるし、この建物がどんな風に時代の流れを見てきたかとか、歴史ロマンも感じるよね。少なくともこの一帯ではいちばん古い建物だろうし。でも、なんだろうな、この辺りで育っているからか、この部屋の中で昭和時代の様子を想像すると、やけにリアルな街並みが浮かんでくるんだ」
「うーん、それは私にもなんとなく想像できるというか……」
「え、そうなの?」
「駅からすぐの、八百屋さんとかお肉屋さんとか、昭和風情あふれる商店街とか、昔ながらの中華屋さんとか、大船の街は割と昭和を感じると申しましょうか……」
「確かに。同じ市内でも鎌倉駅の周りは時代に合わせて変わってきているし、中華屋さんだって改装されたところがあるけど、大船は部分的にほぼ変わっていないな」
畳の上に座布団、卓袱台を挟んで衣笠さんと向き合い、ひも付きの蛍光灯を見上げる。木の板を張り巡らせた、昔ながらの家。
なんだか昭和の共働き夫婦みたいなシチュエーションだな。
「本牧さんはいま、人生の転機なんですね、きっと」
「うん、アパートを出なきゃいけないし、駅も出なきゃいけない。別れが重なる時期で、新しい日々の序章なのはわかるけど、それが吉と出るか凶と出るか」
「吉になるといいですね。せっかく環境が変わるんだから」
「そうだね、いまが未来に向けた頑張りどきだね」
「そうですよ、衣笠未来も付いてます!」
「はは、心強い」
「んん? なんで鼻で笑う?」
「いや、笑ってなんか」
「そうです?」
「ええ、もちろん。さて、お風呂掃除してこよう」




