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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
迫るタイムリミット

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225/334

突然ですが、結婚します、解体します

「突然ですが、僕たち、結婚します」


「え?」


 僕と衣笠さんが付き合い始めて1週間が経過した12月上旬、日勤を終えた僕が退社点呼を終えて私服に着替えるため休憩スペースの前を通ると、右手のキッチンでラーメンスープの様子を見ていた松田助役に言われた。隣にはニンジンを切る成城なるしろさんがいる。


「本牧さん、知らなかったんですか?」


 左から、いつものように革張りソファーに座ってラーメンをすする百合丘さんが僕を見上げて言った。


 成城さんは黙ってニンジンを見下ろし、包丁で淡々と切っている。


「松田さんと百合丘さんが付き合ってることを?」


「ははははは」


 冷や汗気味な松田さん。その気さくな笑みからは「なんで僕がこんなガキんちょと結婚なんかしなきゃいけないんだ」という含みを感じる。


「いやいや、松田さんとえりちゃんですよ。ね、えりちゃん」


「ええ、そのような運びになったわ」


「おめでとうございます」


「ははは、ありがとう。結婚なんて無縁だと思ってたんだけどね」


「ありがとう」


 職場だから風紀を守るのは当然ではあるが、これまで松田さんと成城さんの雰囲気に変化は見られなかった。


 松田さんと成城さんは24歳差だが、成城さんは精神年齢が高く、落ち着いている。だが当然、今後のキャリアやイラストレーターとしての不安も抱えているだろう。そんな未来の道しるべに、松田さんはなってくれるかもしれない。


「やっぱり、今回の解体を機に結婚を?」


 松田さんなど管理者以外の日本総合鉄道本体の社員を異動させることを、僕らの駅では『解体』と呼んでいる。


「そうだね、何かきっかけが欲しかったんだけど、ちょうどいいかなと思って」


「そうね、ここだけの話、私は退職してフリーランスになることも視野に入れているし」


 相変わらずニンジンを切っている成城さん。あ、切り終わった。


「なるほど、僕も本腰入れて考えなきゃな」


「そうですよ本牧さん、満員電車を避けたり業務効率化や交通費削減で在宅勤務が推進されて、鉄道は『強制的に乗るもの』から『用事や娯楽のために乗るもの』に変わりつつあるんですから、これまでみたいに高水準での安定は望めません」


「百合丘さんらしからぬ経営的なことを」


「私だって勉強してますからね」


 えっへんと胸を張る百合丘さん。


 事務室を出た僕は、ホームの最後部に立って電車を待っている。屋根がなく、スペースが狭い。目の前に黄色い点字ブロック、背後に壁。


「本牧さん!」


 と、僕を見つけてちょこちょこと寄ってきたのは衣笠さん。


「あ、どうも」


「どうもどうも。どうしました? なんか黄昏ているみたいで」


「松田さんと成城さんが結婚するの、知ってる?」


「ああ、なんかそんな予感がするって、花梨ちゃんが」


「僕だけ蚊帳の外だったのか」


「結婚報告って、言い出しにくかったりしますからね」


 電車がゆっくり入線し、僕らはそれに乗って乗務員室前のスペースに立った。ドアが閉まって走り出すと、僕らは終点の大船駅まで沈黙した。電車内での会話は控えめに。


「あの、たまには本牧さんの部屋、行きたい」


 大船駅を出てモノレールと並行する通りを歩いているとき、衣笠さんが言った。


 付き合い始めた僕らだが、まだデートその他、これといったことをしていない。僕はそろそろ何かしたいと思っていたところなのだが、ボロ家で何かをしたら声が漏れるので気が進まない。


「え、あのボロいアパートに?」


「昭和風情があって、私は好きだけどなぁ」


「なるほど」


 ということで、途中のコンビニで酒とつまみを購入し、2階の自室前に到着すると、ドアの郵便受けに茶封筒が挟まっていた。差出人は大家。僕はそれを取って、衣笠さんといっしょに室内に入った。


 手洗いうがいを済ませ、封を開いた。


「マジか」


「どうしたの?」


 書面が気になって身を寄せてくる衣笠さん。


「このアパート、来年の7月に取り壊すみたい」


「え、そ、そうなんだ……。私、ほんとうにここ、好きなんだけどなぁ」


 心底残念そうな衣笠さん。気に入ったものが無くなるのは寂しいものだ。いかにも貧乏人が住むためのボロ家で早く出たいと思っていたが、いざ解体を告げられ、僕もけっこうショックを受けている。


 結婚報告からの解体予告。きょうはけっこうインパクトのある日だな。


 ここ最近は、僕にとって人生の転機といって良いだろう。


 さて、これから僕は、どのように人生を歩もうか。

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