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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
迫るタイムリミット

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罪悪感と将来と

「あ、あの、ほ、ほんとに、私で、いいんですか?」


 日が暮れて、東の空にオリオン座が瞬くころ、僕と衣笠さんは先ほど通った湘南工科大学周辺の道を、百合丘さんのアパートに向かってゆっくり歩いていた。


「僕は、衣笠さんがいいんです」


「うっ、そそそそ、そんなそんな! 滅相もない!」


 紅潮した顔の前であわあわと手を交差させて慌てる衣笠さん。


 衣笠さんがいい。その想いに実直に、僕は彼女の告白を受けた。だが6年弱で命が尽きると考えると、それは途方もなく罪深い。別れて連絡を取れないようにしたら、それはそれで色々なケースを想定して生涯癒えない傷を負うのが彼女、衣笠未来だ。


「落ち着くんです、衣笠さんといると。田舎のおばあちゃんみたいな温かさがあるというか、僕が経験したことのない、日本の原風景的な温もりを感じるんです」


「うんと、それは、褒め言葉ですか?」


「え、褒め言葉ですけど、どうしてです?」


「田舎のおばあちゃんとか。確かにいなかっぺですけど」


「ええ、それって、生涯愛せる愛おしさじゃないですか」


 言っていて、我ながら恥ずかしいと思った。彼女がおばあちゃんになるまで僕が生きている見通しがないのに、そういうことを言ってしまう。


「しょ、生涯! あ、そ、それはどうも! なんと言ったらいいのか……!」


 彼女は彼女で恥ずかしそうだ。


 互いに羞恥心が芽生え、百合丘さんのアパートに着くまで俯いて、言葉を交わさなかった。けれど両者の頬は確実に紅く、胸が高鳴っていた。マフラーで顔を隠したい。そんな感じだ。


「なーにやってたんですかー」


 アパートに戻ると、百合丘さんが机に向かってイラストレーション用の22インチ液晶タブレットを起動し、何やら作業をしていた。まだまだ未開封の段ボールは残っているが、お絵描きをしたくて仕方ないのだろう。


「ちょっと辻堂海岸を散歩してきました」


「江ノ島ならぬ辻堂さんぽちゃんですか」


 江ノ島さんぽちゃん。江ノ島および辻堂を含む藤沢市をアピールする藤沢市非公認のご当地キャラクターだが、公認キャラクターとも仲良し。2次元と現実世界の両方で活動している。


「せっかくなので、地元のいいところを紹介したくて」


「そういえば本牧さんって、実家は稲村ヶ崎(いなむらがさき)とか極楽寺ごくらくじの近くですよね」


「ええ、ここから海岸に出て徒歩40分くらいです」


「みんな画になるところに住んでるんだなぁ」


「どうしたんです? 唐突に」


「だって、本牧さんは鎌倉の気品あるところ、未来ちゃんはもりの都、えりちゃんは郡山こおりやまだけど、ちょっと行けば猪苗代湖いなわしろこ、白鳥の湖じゃないですか。それで私は川崎」


「川崎にも緑豊かな場所が……」


「お世辞はいいです。確かにそういうのとか街をきれいにしてイメージアップを図ってますけど、私が生涯にわたって描き続けたい景色があるのは、自然豊かな田舎のほうだなあって、湘南とか伊豆なんかに行って思ったんです」


「へえ、今まで描いてきた絵の傾向を見て、てっきりポップな萌え系とか、路地裏系のイラストが好きなのかと思ってました」


「そういうのも好きですけど、なんていうか私も、大人になってきたというか」


 なるほど、つまり百合丘さんはいま、駅員から乗務員への登用のみでなく、イラストレーターとしても、一人の人間としても人生の転機を迎えているのか。


「わかる! わかるよ花梨ちゃん! 子どもだった自分がだんだん大人になってそういうのに心惹かれてく感じ!」


 衣笠さんは馬のように鼻をフンフンさせ、百合丘さんに激しく同意している。


「未来ちゃん! よくわかってる心の友よ!」


 百合丘さんは画面から目を離して回れ左、椅子から立ち上がり、衣笠さんに抱きついた。すると、口を衣笠さんの耳に近付けて、頬を右手で隠し、何か耳打ちしている。


 それに対し衣笠さんは「うん、おかげさまで」と返した。


「やったああ!!」


「わあ!?」


 百合丘さんは自身の口を衣笠さんの耳に近づけたまま感嘆したため、衣笠さんは驚いて仰け反った。内容は察した。僕らが交際する運びとなった件だ。きょう告白するよう、百合丘さんが衣笠さんに進言していたのだろう。


「ごめんごめん未来ちゃん。二人ともおめでたい! やあ、これで私も一安心」


 和やかムードの中、僕らは百合丘さんがショッピングモールから買ってきたモンブランとダージリンティーをいただいた後、僕と衣笠さんは帰路に就いた。

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