全区間走破!
長かったような、短かったような、1年半かけて準備をしてきたブライダルトレインパーティーのフィナーレ。揺れる車内ではできなかったケーキ入刀は、横浜羽沢駅に降りてから行った。
「うん、美味しい。これはいいショートケーキ」
ショートケーキが好物の私としては、ここは重要ポイント。越後屋さんは電車以外は全て任せるとのことだったので、自分のポケットマネーを少し出して評判のケーキ屋さんにつくってもらった。電車の用意で億単位の代金が発生しているので、食事類は節約した。でも、ケーキだけはどうしても譲れなかった。私が美味しいケーキを食べたい、ただそれだけ。故にポケットマネー。ありがたいことに小百合さんも出してくれた。
「ほんとね、クリームがさらっとしていて、くちどけなめらか。ストロベリーも適度な酸味とふんわりした甘味がマッチして、スポンジはさらさら」
「小百合さん、食レポ上手ですね」
「どうしてこれが美味しいのだろうって理由を解き明かしてゆくと、なんだか楽しくて」
「食の世界が広がりますね。私もこの業界に入って、フレンチ、イタリアン、中華、和食、いろんなものを食べさせてもらって、ずいぶん舌が肥えました」
「ふふふ、おいしいものいっぱいで、太ってしまわないか心配ね」
「そ、そういえばそうですね……! 上京してから畑仕事もしなくなったし、運動不足だから余計に太りやすいかも……。で、でも小百合さんはプロポーションばっちりじゃないですか」
「あら、ありがとう。嘘でもうれしい」
「嘘じゃありません、本当のことを言ったまでです」
日が暮れて、気温が下がってきた。そろそろお開きの時間。正直、普段の結婚式は早く終わってくれと思うことが多いけど、今回は、なんだかすべてが終わってしまうようで、胸が疼く。それでも時は無情に過ぎるから、美しい思い出になる。それはわかっているのだけれど……。
「さーて、ケーキはお楽しみいただけましたでしょうか! その他お食事も引き続きお楽しみいただきたいところですが、一旦手を止めていただいて、誓いのキス&ブーケトスの時間でございまーす! これが終わったらまだ少しの間、お食事していただけますので、どうかお付き合いのほど、よろしくお願い、あ、申し上げまするううう!」
司会進行の久里浜さんが、参加者一同の視線を一気に引き付けた。私も司会は日々勉強しているけれど、勢いが比べものにならない。私の底抜けに明るい司会はあくまでも演技、対して久里浜さんは素。私はまだまだ付け焼刃。
越後屋夫妻、神父代わりの松田さんは103系の2号車4番ドア前に、私を含む残りのスタッフは3番ドア付近に垂直方向で並んで斜めから見守る。ゲストはスタッフから数メートル距離を置いたところに集まっている。
「えーと、ではですね、だいぶ冷えてまいりましたし、私もまさかこの鉄道人生で神父になる日が来ようとは思いもせず、次第がよくわからないので簡潔に」
電車をバックに立つ鉄道員おじさんと観衆に挟まれ、ガチガチに固まるタキシード姿の慎太さん。雪ちゃんはそんな慎太さんに照れ笑いしながらも、少しばかりの余裕を見せている。
「えー、慎太さん、あなたは、雪さんが健やかなるときも、病めるときも、愛し続けると、誓いますか?」
松田さんの口調は神父さんというよりはただのおじさんだけど、そこはみな理解している。
「ち、誓いますっ」
「では雪さん、あなたは慎太さんが健やかなるときも、趣味に没頭し病んでいるときも、愛し続けると、誓いますか?」
「はい、趣味を否定したり、大切なものを断捨離するような妻にはなりません!」
「それは良かった。私はそういうのが怖いのもあって未婚の道を選びました」
松田さんが朗らかに言った。会場からバラエティー番組の効果音のような爆笑。私もちょっと噴いてしまった。雪さんも笑っている。
「それでは、誓いのキスを」
向き合うふたり、至近距離で見つめるおじさん。見守る観衆、震える慎太さん。
そして、微笑み、慎太さんの顔を両手で寄せ、口づけする雪さん。
「ヒュウウウウウウウ!!」
可愛い顔して割とやる大胆な雪さんに、歓声と拍手喝采!
「やあ素晴らしい! 感動のキスでした! それでは最後に、ブーケトスです!」
言って久里浜さんがふたりのもとへ駆け寄り、ピンクのバラのブーケを手渡した。松田さんはその場を離れ、電車の1号車乗務員室に入った。
「それではこれから103系の警笛が吹鳴しますので、それを合図にブーケを投げてください! それでは松田さん、お願いします!」
プーーーーーーーーーーーーーーーッ。
通常の警笛よりずっと長く、けれど事故直前のように激しくなく、むしろ穏やかに響く警笛。それを合図に、二人は「せーの!」でブーケを投げた。
瞬間、東から突風が吹いた。
「わあっ!?」
ブーケが私の顔面を直撃。しかも棘が抜かれていない! 普通は抜いてあるのに!
「あらあら、それじゃ次は、未来ちゃんの番ね」
と、小百合さん。痛い。顔面と手に棘が刺さった。
「ヒュウウウウウウウ!!」
いちいち盛り上がる会場。こんどは女性陣の歓声もよく聞こえる。
バラの棘はけっこう痛いけど、神様のイタズラはうれしい。
ということは神様、私はこれから先の未来を、信じても良いのですか?
そう問わずには、いられなかった。
兎にも角にも、1年半かけて準備したイベントはあっという間にフィナーレを迎え、無事に幕を下ろした。
やりきった。至らぬところもあったけど。
それに今回の挙式は越後屋夫妻だけでなく、ゲストの皆さんも、松田さんも、久里浜さんも、本牧さんも、小百合さんも、私も、そして、協力してくれた鉄道会社の人たちも、楽しんでくれた。
参加した誰もが心からハッピーになれる挙式を、私はずっとしたかった。
だからきょう、私の夢が、一つ叶った。
「やりましたね」
ブーケを持つ私の隣で、本牧さんが微笑みながら言った。彼が心から楽しそうにしている表情を見たのは、そういえばいつぶりだろう。
「はい!」
私も心から、満面の笑みを向けた。彼は不意を突かれたように目を丸め、頬を少し赤らめた。




