バカ停
「はーい皆さま、元気でなにより! 電車はこのあと、休憩を、バカ停をはさみながらぼちぼち線路を走り、横浜羽沢駅に戻ってまいりまーす」
「うおおおおおお!!」
久里浜さんの放送は、ヒーローショーでお友だちに呼びかけるお姉さんそのもの。ゲストの中には何人か子どももいるけど、ほとんどが大きなお友だち。
「あの、本牧さん、バカテイっていうのは」
「バカみたいに長い時間停車する、長時間停車ですね。夜行列車が時間調整をするためによくやる手法です。長時間停車することで、降りる人が多い駅に朝早すぎる時間に着くのを防いだり、ダイヤが乱れたときは停車時間を短くすれば、回復しやすくなります」
「ああ、そういえば中学生のときに友だちと乗った夜行列車もどこかでけっこう長い時間停まりました」
中学生のとき、少ないお小遣いをはたいて行った千葉県にあるネズミが出る遊園地。その帰りに交通費節約のため乗ったのが、かつて東京駅と仙台駅を結んでいた夜行快速列車。新幹線より数千円安い。
確かに長時間停車をしなければ、仙台駅に着く時間が朝早すぎる。休憩をしないで東京駅を出ると、のろのろ運転でほかの列車が行き詰まったり、発車時間が深夜になってしまう。
なるほど、いろいろ考えられてるんだ。
客室も乗務員室もいくらか窓が開いていて、秋のひんやりと胸まで染み入る空気が心地よい。ポイントが多く、レールの継ぎ目をたくさん通過するため、ジョイント音が響いて電車が揺れる。鉄道ファンにはたまらない音。
空気の薄い密閉空間が苦手な私も、窓開けには賛成。通常の電車では、耳障りな音漏れや喋り声をある程度掻き消してくれる。音の周波の関係で、私は電車の音をうるさく感じない。
地下トンネルに入ると、電車の走行音がこもってやたらと響くようになった。私と小百合さんは客室の様子を見回り、新郎新婦やゲストに楽しんでもらえているか、食品類が床にこぼれていないか、その他トラブルや異常がないかなどを確認する。
うん、男女ともわいわいガヤガヤ、中には一人で電車の音にうっとりしている人も。今回のパーティーでは男同士、女同士で固まっている割合がほかの式と比べて高いけど、趣味の関係が大きいからだろう。電車大好き男の子、おしゃべり大好き女の子。中には電車にそんなに興味がなさそうな男性や、電車大好きな女性もいる。
私たちブライダルスタッフはその様子を、笑みを浮かべて見守る。真顔だと、楽しい雰囲気に水を差しかねないから。
『はいはい皆さまアテンションプリーズ!』
再び、久里浜さんの放送。
『電車はまもなく、新鶴見機関区にて休憩時間となります。お手洗いなど行かれるお客さまは一度電車を降りていただき、新鶴見機関区の建物内へお越しください。係の者が立っております。新鶴見機関区では貨物列車や寝台列車などに使用する機関車が行き来しておりますが、危険ですのでくれぐれもお近付きになりませんようお願いいたします』
新鶴見機関区。品鶴線、新川崎駅の横にある、主に貨物列車に使用する機関車の基地。電車の基地は電車区、電車も機関車もいる基地は車両センターと、日本総合鉄道では呼ぶ。
機関区は鉄道関係者でも限られた人しか立ち入れず、尚且つ人を乗せる電車ではない、鉄道関係者でなければ滅多に乗れない機関車がわんさかいる。ちなみに久里浜さんは乗務員訓練でEF81形式電気機関車(寝台特急『北斗星』『カシオペア』などを牽引していた機関車)を運転した際、普通の電車と同じ感覚でブレーキをかけたら思いっきりオーバーラン(停止位置超過)した過去を持つ。
客室ではまた野太い歓声が響いた。中には「うおうおうおうおおおおおお!!」と、興奮してゴリラのように腹を叩く人も。我を失い白目を剥いて、舌をだして犬のようにハァハァする人も。見たくなかったけど、股間がもっこりしていた。
新鶴見機関区に到着すると案の定、男性陣は興奮気味にぞろぞろと降りて、この電車や機関車の撮影を始めた。




