『車両』から『列車』へ
社員たちがぞろぞろと車内に乗り込み、4両編成の各車両に分かれた。僕、久里浜さん、朝比奈さんの3人は運転台に添乗。旧型車両の運転台に乗ったのは、入社まもないころ、便乗(業務上の列車移動)でEF65形式電気機関車に乗ったとき以来だ。それと比べると、この103系通勤型電車の運転台は開放的で、マスコン(アクセル)、ブレーキの段階が少なく華奢に見える。
ドドドドドドドッ、プシュー、プシュー、シュコーン。
「あ、電車だ! 電車の音がする!」
「言わんとしてることはわかるけど、なんかもっとないのか?」
久里浜さんが語彙力に乏しい表現をして朝比奈さんが突っ込んだ。要するに古い電車の音がするのだ。電車は無事に起動した。
「いやほら、いまの電車はカタカタカタカタ、ヒューンって感じじゃん? だからなんだか懐かしくて」
「そうだな、アタシらがガキのころは、まだこんな電車ばっかだったもんな」
「そうそう、だから東海道線にオール2階建ての電車が走り始めたときは感動した。電車には興味ない子どもだったけど、銀色で紫で、なんかすごいおしゃれで」
「215系はいまでも唯一無二だろ。でもそうだな、あのくらいから電車の格好が変わり始めたな」
「さて、発車時刻だね」
松田助役が言った。車両の外では工場の社員が大勢で見守っている。目の前にいる工場の社員、部品メーカー、メーカーから外注される町工場の人など、たった1両の電車の組み立てに関わる人は百名を超える。
その中には職人魂で組み上げた者もいれば、単なるノルマで淡々と組み上げた者もいる。感情の正負はともかく、たくさんの想いを結集して組み上げた車両がいま、再び走り出す。
プーーーーーーッ。
大きな警笛を鳴らし、電車はゆっくりと、動き出した。
久里浜さんと朝比奈さんは外の人々に向かって手を振り、松田助役はハンドルや足元から伝わる感触、車両が発する音を確かめながら電車を操縦。時速10キロ。いつになく渋いプロの表情をしている。たるんだ顎でも目は引き締まり、愉しそうだ。またここに戻ってこれた。表情がそう語っている。
俺はこの仕事がしたいんだ。
そう志願して鉄道業界に飛び込んできた者が多くを占め、職人たちが動かしていた、ほんの少し前の鉄道の姿がいま、ここにある。
電車は徐行、停止を繰り返し、工場の外へ出た。本線だ。
並行する線路では、ステンレス製の列車が長い編成を連ね颯爽と駆け抜けている。まもなくこの‘車両’は、そこに合流する。ここからが‘列車’として運用するための本番だ。




