RT-235
8月に入り、とうとうブライダルトレイン用の車両が組み上がった。その間、部品が足りない、社員の世代交代により当該車両が現役当時の技術力がない(ロストテクノロジー)など、諸々の問題は発生したが、どうにか部品を仕入れ、技術を習得して組み上げられた。
きょうはその試運転とハンドル訓練(運転士が車両に慣れて知識やコツを習得するための訓練)を行うため、運転士の久里浜さん、元運転士の松田助役、車掌や支社の社員数名が鎌倉の工場に集結。
非常ブレーキをかける危険な試験も行うため、衣笠さんなど外部の関係者は呼ばず、鉄道関係者のみで行う。
「いやあ、こうやって見ると、走ってたときをまるできのうのことのように思い出すよ」
と、松田助役。工場の出場線、屋根に覆われた薄暗い小屋で輝く、スカイブルーの車体。足回りは黒光りしている。鉄道車両の足回りといえば、鉄粉などにより茶色く汚れたものが多いが、工場で組み立てたばかりの車両は一般的に黒やグレーなどのペンキが塗られて綺麗になっている。
「やっぱ検査上がりの車両はこうでなくちゃな」
検修員の朝比奈都さんは、両手を組んで自らが組み上げた車両を満足げに見上げている。僕ら日本総合鉄道株式会社における『検修員』とは、車両の検査、修繕を担当する者を指す。
長らく車庫の奥で眠っていた車両に、再び命が吹き込まれた。あとは電源を入れるだけだ。
「なっつかしいなぁこれ! ちっちゃいとき走ってたよ!」
松田助役とは対照的に、久里浜さんはずいぶんとノスタルジーを感じているようだ。僕もどちらかといえばこちら寄り。スカイブルー一色の電車が東横線と並んでみなとみらいをゆっくり走る姿は、もう記憶の彼方だ。
「乱暴な運転してぶっ壊すなよ?」
「おう、任せんしゃい!」
朝比奈さんと久里浜さんは同期入社。新入社員研修のころから仲良しだという。
僕も元検修員。自分が整備した車両を大事に使ってほしい気持ちはよくわかる。
「っていうヤツほど危なかったりするんだよなぁ」
と、心配そうな朝比奈さん。僕の脳裏になぜか、仙台の実家からマイクロバスを発進させるときに「右ヨーシ、左ヨーシ、前ヨーシ、しゅっぱつしんこー」と喚呼した衣笠さんが浮かんだ。
まぬけな人間の自信満々な『ヨシ』『俺は腕がいいから任せろ』等は、経験上何らかの抜け目がある場合が多い。衣笠さんの場合はまさかの完璧だったが、これまで見てきた社内の人間はそうではなかった。
だが久里浜さんは意外としっかりしているから、大丈夫だろう。朝比奈さんもいじってはいるが、彼女を信頼している。と思う。きっと、そうに違いない。うん、そうだ、そのはずだ。
「んじゃ、電源入れますか」
言って朝比奈さんは乗務員室のステップに足を掛け上がり、鍵穴に忍び錠を差し込んで解錠、乗務員室に乗り込んだ。
いよいよ古の電車が、目を覚ます。




