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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
おねショタ旅行

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花言葉

 梅雨が明けて久しく、セミの声が煩く感じるころ。学生たちは夏休みに入り、電車は普段より少々空いている。


 もう夏本番か。


 徹夜明けの朝、勤務時間中に発車する最後の電車を見送った僕は、ラッシュアワーが過ぎ去り閑散としたホームから退き、退社点呼と着替えを済ませ、帰りの電車に乗った。満席のため最後部車両の乗務員室前に立っている。


 今年は時の流れが速く感じる。昨年は衣笠さんとの出逢いにより日々に大きな変化がもたらされ、色濃い年となった。その反動だろう。今年はさほど変化がない。


 彼女のおかげで僕、本牧ほんもく悠生ゆうきという人間は変わった。以前の僕を客観視すると、中身スカスカな意識高い系といったところだろう。親の強要で勉強ばかりして育ち、その反動で大学時代は遊びに明け暮れ、その虚しさに気付き、誰かに心から愛されたい欲が芽生えた。それから3年後に出逢ったのが彼女、衣笠きぬがさ未来みらいだ。


 僕は現在も大した人間ではないが、空いていた情緒の領域に、衣笠さんが少しずつピースを嵌め込んでくれている。


 こうして人間的に成長すると、死期が早まるのではないか。僕はそんな気がしている。


 役目を終えた命は、この世を去る。


 よく聞く話だ。ゴールは人それぞれで、例えばA地点からB地点までの行路を与えられた者もいれば、C、Dまで行かねばならない者もいる。さすがにほんの百年前後の寿命でAからZまで辿り着く人は稀有だろうが、輪廻転生を繰り返し、V地点からスタートしてZ地点まで行く者もいるだろう。それが恐らく、神の領域だ。


 僕はいま、どこにいるのか。どこまで行けば良いのか。自己肯定感は低い僕だが、A地点で今生が始まったとは考え難い。生い立ちを鑑みると、CかDあたりから始まっているような気がする。


 とかく、僕のミッションはなんなのか。先延ばしにすれば、長生きできるだろうか。


 それもなんだか、違う気はするが。


 トンネルの出入りを繰り返す電車。山を切り崩して造成された、崖っぷちと谷間に佇む住宅地をドア窓から見下ろしながら、僕はそんなことを考えていた。


 電車を降り、駅ビルの花屋の前を通りかかった。


 花はすごい。根を切り取られても、美しく咲いている。相当痛いだろうに。大いなる痛みを抱えながら、これほどまでに穢れなく、命の限り咲くなど、僕にはできない。ほとんどの人間にもできない。


 花屋というのもまた良いものだ。ここに咲く花がすべて売れるとは限らないが、ここを通る多くの人間のうち何人かは、見るだけで心がやわらぐだろう。僕も花屋の前を通るほんの一瞬は、心がやわらぐ。


 たまには花でも買ってみようか。


 何にしようか。可憐な薔薇ばらは僕には似合わない。


 ここは敢えて、菊の花にでもしてみようか。


 縁起の悪いイメージもある花だが、刺身に添えれば華になる。殺菌効果があり、食中毒リスクを低減してくれる、そういう意味ではとても縁起の良い花だ。


 いや、ここで買った菊を食べるつもりはないが。


「すみません」


 僕は近くにいた女性の店員に声をかけ、オレンジと黄色の菊を一輪ずつ購入した。


「あ、本牧さん!」


「衣笠さん、どうも」


 駅ビルを出て湘南モノレールのきっぷ売り場前に差しかかったとき、衣笠さんと出会った。


「どうもこんにちは! お墓参りですか?」


 やはりそう思うか。


「あ、いや、自分の部屋に飾るんです」


「ほう、ふむふむ。なかなか渋い趣味をされていますねぇ。ばぁちゃんもときどき菊の花を部屋に飾ってます。そしてじぃちゃんはぽっくりこの世を去りました」


「お、おお、そうですか……」


 これはミスチョイスだったか。まさか花のチョイスが寿命を縮めているとは。このままだと僕は、Xデーを迎える前にぽっくりしかねない。


「どうしました本牧さん? あ、もしかして本当はお見舞いに持って行くつもりだったとか」


「いえいえ、自室に飾るつもりなのは本当です。僕の部屋には菊の花が合っているかなと」


「ほうほう、和風住宅に菊の花。確かにマッチしていますね。あの、ひょっとして本牧さん、菊の花を選んでぽっくり逝ってしまう心配でもされてます?」


「え、えぇ、まぁ」


 ちょうど死について考えていただけに、露骨な反応をして衣笠さんに読心されてしまった。


「ふふっ、可愛い」


「はぁ、それはどうも」


「大丈夫ですよ。秋になると『延命楽』っていう紫の菊も出てくるくらいですから。しかも、黄色い菊には『長寿と幸福』という花言葉もあるくらい、縁起の良いお花です。存分に可愛がってあげてくださいっ」


「そうなんですか。それは知らなかったなぁ。ありがとうございます。いいことを教えてもらいました」


「いえいえ、お役に立てて何よりです」


 衣笠さんとはそのまま別れ、帰宅して座卓の中心に菊を飾った。コンビニで買ったコーラの瓶をよく洗って花瓶の代用とした。


 日当たりそこそこの軋むボロ家。落ち着いたところで僕はスマートフォンを手に取り、菊について調べた。


 なんということだ。黄色い菊には『破れた恋』という花言葉もあるではないか。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 昨夏より隔週連載とさせていただいておりましたが、今回より毎週更新を再開いたします。

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