余命6年
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
「いえいえお粗末さまでした。また良ければいつでも」
「はい、ぜひ」
うれしい、本当にまた、料理を振る舞える日がくるといいな。
食後、本牧さんはテーブルに突っ伏して眠り始めた。よほど疲れているんだ。食後のお茶でも淹れようかと思ったけど、飲む余裕もないと思う。
私は客間に布団を敷いてから、恐縮しながら本牧さんの背をそっと叩いて起こした。
「客間にお布団敷いたので、良かったらそこで寝てください」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」
本牧さんは口を押さえてあくびをすると、俯き加減で立ち上がった。私が付き添って客間に通し、そのまま寝かせた。
過労だ。本牧さんの業務量は、彼一人で抱え込めるキャパを超えている。
ふとよぎる通説。
鉄道員は早死にする。
運転士の久里浜さんが入社してから現在までの11年間で見送った先輩社員は11人。計算上、1年に1回、誰かを見送っている。その誰もが、70歳未満。
電車を運転中に意識が飛び、駅でオーバーランするケースも。ダイヤ改正で終電の時間が繰り上げられるなどして、仮眠時間を増やして欲しいと願う社員もいるという。
若くても十分に死に至る職業。それが鉄道員。
やだよ、そんなの。
本牧さんも、花梨ちゃんも、久里浜さんも、さりげなくやさしい成城さんも、松田さんも、みんないなくなってほしくない。
寝苦しいのか、本牧さんの寝顔は苦しそう。深夜帰宅の両親と同じだ。
私もなんだか眠くなってきた。就業時間は8時間とホワイトだけれど、最近は子安さんといっしょに仕事をする機会が多く、気疲れしている。毎日ぐったりして、生きた心地がしない。
過労の原因は長時間労働だけじゃない。人間関係や個々の感受性も大きく影響する。
あぁ、だめだ、もう限界。私も失礼して、ここぞとばかりに彼といっしょの布団に入った。
ふー、ふーんと、やや大きな寝息をたてて眠る本牧さん。
薄暗い部屋は、気持ちを良からぬ方向へ引っ張る。
だめだめ、襲いたいけど、本牧さんは疲れ切って寝てるんだ。余計な負担はかけたくない。
疲れているからこそ襲いたくなる、動物的本能。眠らなきゃ、とりあえず、眠らなきゃ。
念じながら、何分過ぎただろう。1時間くらいかな。疲れていると余計に眠れなくて、更に緊張がプラス。
そのとき、本牧さんが寝返りを打ち、同時にふたりにかかっていた布団を剥ぎ取った。寒くはないし、まぁいいか。かえってこのほうが心地よい。なんだか私も、眠くなってきた。
「こんなところで余計な障害に構ってる暇はないんだ。もう6年しかないんだよ」
本牧さんが寝言を言った。もう6年しかない?
 




