あたみあるき
アーケード商店街に入った。屋根付きで昔ながらの雰囲気でありながら、スイーツショップなどの若者も寄り付きそうな店もある。海方面に向かって下り勾配になっていて、それだけでちょっと珍しい感じがする。
「なぁ花梨、腹減った」
「お前そろそろカネ出せ」
「ほい」
純一はぶっきらぼうに、私に財布を手渡した。「中見ていいの?」と訊くと、「おう」と頷いた。
きめ細かいグレーの化学繊維で編まれた手のひらサイズの小さい財布。カードポケットにはテレホンカード、ポイントカード、うちの会社のICカードが入っている。
現金は野口英世3枚と小銭が少々。
「マジかお前。交通費しかないじゃん」
私が交通費を出していなかったら、横浜と熱海の往復運賃と、駅そばを食べられるくらいしかない。交通費はICカードにチャージ済みかな?
「うるせー金持ち」
「そりゃ働いてるから、少しくらいは持ってるけど」
我が家は貧乏だけど、中坊のコイツと比べれば金持ちか。
◇◇◇
「あー食った食った! ごちそうさん!」
「はいはい。で、次、どこ行く?」
商店街を抜けて通りを下ると、右に若者でも入りやすい雰囲気のモダンおしゃれなイタリアンレストランが現れたので、そこでピザやパスタを食べた。シーザーサラダも。
案の定、店内は私と同じ年頃の若い女子が数組、中年層の客もいた。
だが、中坊はいなかった。慣れない雰囲気に終始緊張気味の純一を、私は内心で笑っていた。
ピザはパリッ、ふわっ。パスタはツルツルのアルデンテ。自ずと食が進んだ。きょうは贅沢三昧だ。
坂の多い熱海の街には、昭和の香りが色濃く漂っている。私は平成生まれだけど、これが昭和の建築物なんだろうなくらいのことはわかる。
平日でもそれなりの人通りがあって、意外なことに若者も多い。
だが、中坊は見かけない。
赤ん坊はいても中坊はいない。
画になりそうな街並みを、立ち止まって、スマホで撮影しながら下る。
コンクリートの古びた建物の間を貫く狭い道を下ると、急に目の前が開けて、通りに出た。
「海だな」
「海だね」
昭和の香りからハワイアンビーチに一変。自動車が引っ切り無しに行き交う道路の山側にはリゾートホテルがずらり。海側はヤシの木々が風になびく遊歩道と、白い砂浜。少し遠くには初島が見える。
うわぁ、これ絶対カップルで来るところじゃん。
案の定、界隈はカップルだらけ。
砂浜に下りてみると、穏やかに波打つ海水は澄んでいて、屈んで手に取った大粒の白砂は、さらさらと指の間を零れ落ちていった。
沖縄の海って、こんな感じなのかな。
想像していると、純一の視線を感じた。
「どした?」
「い、いや、なんでもねぇよ」
「そう」
なにキョドッてんだろう。
ざく、ざく。歩くたび、革のシューズが白い砂に沈む。
そういえば私、仕事上がりなんだっけ。
この街を流れる時間は、普段の私の生活環境よりも幾分のんびりしている。
茅ヶ崎に住むえりちゃんが言ってたけど、大船より南の地域は横浜以北の関東よりも夏は涼しく、冬は暖かいらしい。
確かにそうだな。風がスッと、袖の隙間に沁み込んでくる。
こういう街も、なんだかいいかも。
入社直前に買った、小さなアナログ腕時計を見た。
そろそろおやつの時間だけど、おなかいっぱい。でも、せっかくここまで来たんだし、もうちょっと何かしたい気もする。
「純一、門限は?」
「特にない」
「そっか」
とは言っても、ガキんちょを夜遅くまで連れ回すのはもうじき二十歳のほぼ大人として気が引ける。どこかサクッと行けるところに寄って帰ろう。
そうだ……。
「日帰り温泉でも入ってこうか」
「お、温泉!?」
「なに驚いてんのさ。熱海といえば温泉でしょ」
「お、お、おう、まぁ、そうだけどさ」
あ、そういうことか。
「そうそう、ヘッヘッヘッ」
「なんだよキモい笑い方して」
「いやいやなんでも」
「うっぜーな、なんだよマジで」
「いいから風呂行くぞ」




