突然のおねショタ旅行
「国府津のガキんちょ」
「ガキんちょじゃねえよ。麻生純一って名前があるんだ。住所は国府津じゃなくて横浜だ」
この自称麻生純一とかいうガキんちょは、いつしかホーム監視中の私に国府津への行きかたを訊ねてきた。
「学校は行かないタイプ?」
最近は義務教育課程の中でも学校に行かない子も多いから、敢えてそういう訊きかたをした。
「春休み」
「あ、そっか」
いいな春休み。私も去年まではあったのに。
まもなく電車が到着して、私と純一は運転台の後ろにある小さな空きスペースに立った。無機質な白い化粧板、黒い二等辺三角形の抗菌吊り手、ドア枠広告、そして運転台。運転台は客室の床より一段高く設置されていて、視界が広い。
また、根岸線や横須賀線、東海道線、山手線、相鉄線など関東地方で主力となっている電車の乗務員室は衝突事故に備えて広めに取られており、運転席のある一段高いゾーンと客室が、潰れにくい『サバイバルゾーン』、側面の乗務員室扉があるのゾーンが敢えて潰れやすくし、サバイバルゾーンを保護するための『クラッシャブルゾーン』という。会社に入るまで、そんなことは気にも留めなかった。
目の前でハンドルを握るおじさん運転士の顔に、私は覚えがない。業務中も、通勤でも、何度も擦れ違っているであろうその人を。国内外10万人もの社員が在籍する会社だから、知らない人のほうが多い。
昼間でも人と人の合間を器用に縫わないと上手く進めない横浜駅で、私も純一も電車を降りた。
「きょうはどこ行くの?」
ホームから改札口へ続く階段を下りながら、私は純一に訊ねた。
「熱海」
「温泉入りに行くの?」
「ううん、散歩」
横浜から熱海までは快速で1時間くらい。ちょっと出かけるにはちょうどいい距離だと思う。
「そっか、私は逆方向だから、じゃあね」
「花梨も行こうぜ!」
「は?」
「俺、一回乗ってみたいんだよな」
「何に?」
「スーパービュー」
「あぁ、あれね、本数少ないから待ってりゃすぐ来るってもんじゃないよ」
特急『スーパービュー踊り子』。バブル期に開発された、東京方面と伊豆の下田を結ぶリゾート特急。運転台からの広大な景色を楽しめる展望席、高床式で窓の大きな普通席、子どもが遊べるキッズルームもある、いまどき珍しいバラエティー豊かな設備を持つ人気列車。
通常の特急を『B特急』と呼ぶが、スーパービューはランクの高い『A特急』に格付けされ、料金はB特急より高額。子どもの小遣いではなかなか乗れない代物だから、私にたかってきたのかコイツ。
コンコースに降り立って、デジタル時刻表の東海道線下りのアイコンをタップ。
「げっ」
「来るじゃん、11時24分。いまから改札出て特急券買えばちょうど良くね?」
「あぁ……。ま、どうせヒマだし、たまにはいっか」
改札口を出て、窓口に並んで乗車券類をカード決済で購入。思わぬ出費。
「サンキュー」
窓口を出て乗車券と指定席特急券を手渡したとき、純一が飄々と言った。調子いいヤツめ。
「電車、好きなの?」
「いや別に。ヒマだから出かけてるだけ」
「近所でキャッチボールとかは?」
「出たよ老害」
「なんだと、まだ19じゃボケ」
「この時代、空き地なんかないし、公園でやったら赤ん坊に当たって怪我させるし騒いだら近隣住民から苦情が来るだろ? だから外でなんか遊べないの」
「じゃあ、家でゲームは?」
「飽きた」
「なるほど」




