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気持ちを包み込めるひと

「こりゃ世知辛いね。俺も一応SNSはやってるけど、若者はえげつない。戦争の火種だね。これじゃ孤独が深刻化して、恵まれた人は弱い人の気持ちがわからない世の中にどんどんなっちゃうよ」


 せっかく海に来てるのにスマホなんて、何を見てるんだい。おじさんがそう言ってきたので私はタイムラインに書き込まれていることの要旨を説明した。


「そうなんだよね。私もあんまよくわかんないんだけどさ。それに引け目を感じてる」


「まぁな、俺もよくわかったモンじゃないけどさ。自殺しようとか考えたことないし。命を粗末にするなとかよく思うけど、なんとなく、したくなっちゃうヤツの気持ちの片鱗へんりんが、この画面の中には漂ってるな」


「うん、このタイムラインには直接的なことは書き込まれてないけど、弱った人をシャットアウトする空気感があるよね」


「そうだな、だったらこんなもん、やめちまえばいいのに」


「やめちゃうと商売にならなかったり、余計に孤独になっちゃう人もいるんだよ。それに、この無数の書き込みの中には気の合う人もいて、そこから友だちになったりもするからね。昔の文通みたいにさ」


「そうか、文通もいまや超速達ってわけか」


「そうだね、みんな茅ヶ崎みたいにすぐ仲良くなれるような風土があればいいのに」


「他所は違うのか?」


「おじさんは茅ヶ崎から出たことないの?」


「あぁ、生まれも育ちも生業なりわいも、全部茅ヶ崎だよ」


 とは言っても旅行くらいはしたことあるだろうけど、余計な質問はしない。


「そっか、けっこうきついよ、他所に出ると。距離感に関してはもう、腫れ物を触るみたいな感じじゃないと」


「そんな冷たいのか」


「みんながみんなじゃないけどね。ただそれが、この国の普通なんだろうね」


「わからん、なんでこう、距離を取りたがるのか」


「世の中、悪い人がいっぱいいるし、内向的な風土の地域もあるから」


 最近は茅ヶ崎も人との距離感が開きつつあるけど、それを縮めようとする動きが商店街を中心に見られるようになってきた。


 なんだかんだで誰かといっしょにいたいのが、多くの茅ヶ崎人の気質。ただしお金目当てで接近してくる人には厳しい。


「ふぅん、俺みたいな昔モンにはよくわからないけど、色々大変なんだな」


 おじさんと別れ、ラチエン通りの香川屋でサザンコロッケとメンチカツ、そのすぐ近くのコンビニで千切りキャベツと缶ビールを買って帰宅。家族は留守で、私ひとりの時間。


 適度に陽が差すお昼前。テレビは点けずに座卓でプルタブを起こす。


 静かな部屋にプシュッと爽快な音が響く。


「ぶはー、うまい!」


 そのままウスターソースをかけた千切りキャベツを数口(おつまみがコロッケやメンチじゃない場合は塩キャベツも良い)、そしてメンチとコロッケを頬張る。


「ふーう」


 ホッとする味……。


 何も考えず、ただむしゃむしゃ頬張って、時間を忘れる。


 そっか、やっぱりこれが、私にはベストかな。


 色々と難しいことを考えても、私にはわからない。実体験を得た人にしか、わからないことがある。


 でも、わからないからと言って投げ出すんじゃなくて、『つらい』っていう気持ちを包み込める人になればいいんだ。


 このビールをつくった人も、キャベツを育てた人も、私のことを知っているわけじゃない。だけど、なんだかそれを体内に取り入れたら、心が和らいだ。


 コロッケとメンチをつくってる香川屋の人たちは私のことを知っている。だけどこれは私のためだけに揚げられたものではないから、結局はビールやキャベツと同じこと。


 無条件にホッとさせてくれる、そんな味。


 なら私は、そういう味や匂いのする人になればいいんだ。


 それでどれだけ傷んだ心をカバーできるかはわからない。


 どうしたって経験不足が災いしてしまうこともあると思う。


 けど、できる限りは、せめて大切なみんなが大切な人にめぐり逢って幸せになるまでは寄り添い続けられる、そんな存在になりたい。


「よし、お姉さん、ちょっと頑張っちゃおうかな」


 と言っても、何を頑張るんだか。


 とりあえず、いまの自分は幸せだから、それをひけらかすんじゃなくて、毛布みたいにして包み込む。やっぱり私には、これがいちばんだ。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 次回よりしばらくの間、隔週更新とさせていただきます。お楽しみにしていただいている皆さまには大変恐縮ですが、何卒ご了承のほどお願い申し上げます。

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