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元ギャル運転士、久里浜美守の胸中

 支社に勤める彼氏とのデートがない平日の徹夜勤務明け。


 今朝は埼玉から神奈川までの各駅停車を始発駅から終着駅まで片道約1時間50分を運転して勤務解放。事故や大きなトラブルはなく、残業なしで帰途に就いた。


 茅ヶ崎駅の改札口を出場して、コンコース内右前方のヨーロピアンなカフェに入り、アボカドサーモンサンドとホットコーヒー(砂糖、ミルク入り)でブレイクタイム。


 8時32分発、上り最後の湘南ライナーが出て一般的には通勤のピークが過ぎたと言われる時間だけど、東海道線沿線は人口が多く、まだまだ駅は人であふれ返っている。


 その慌ただしさをまなかいに啜るコーヒーは、甘美でありながらも一層ほろ苦い。


 私は正にその慌ただしさを背負って電車を運転し、きのうはその中の一人として出勤した。ただ徹夜勤務をしている代わりに朝解放されているだけのこと。


 カフェからはスーツ姿の客が減り、入れ替わりで小ぎれいなおばちゃんたちが入って来て世間話に花を咲かせ、勉強目的で来た学生の姿も見られるようになった。


 回り続ける地球の一日の様子は意外にも、こうして目に見えるかたちで変わってゆくのだと知ったのは、高校を卒業して鉄道会社に入ってから。


 高校時代はただのパリピJKだった。


 時間の流れも時代の変化も気にしない、気付かないおバカさん。


 テキトーに日々を過ごして、進学して、大して苦労もせず就職して、彼氏ができて、現在に至る。順風満帆すぎる人生。


 社内試験の成績が悪くて「これではとても乗務員にはなれない」と支社のオジサンにとげを刺されたり、人身事故が発生したときは強烈なものを見てしまったりと、まったく苦労がないわけではないけれど、いつも独りぼっちではなかった。


 私は幸せだ。


 そう胸を張って言える人生を、私は送っている。


 他方で、未来ちゃん、えりちゃん、何かありそうな本牧、社内に多数いる寂しがり屋。


 30歳にして周囲にいる人たちの闇をちゃんと理解できていない自分に、気恥ずかしさやコンプレックスを抱いている。


 みんなのお姉さんでありながら、心の土壌が豊かではない虚無感。


 結局この前も、未来ちゃんの家に押しかけておきながら、彼女の気持ちにちゃんと応えられなかった。


 えりちゃんと本牧が付き合っているか否かも、まだ訊けていない。


 好きな人に恋人がいると知ったときのショックくらいは、学生時代に経験済み。だから訊き出せない。訊いてもし二人が付き合っていたとしたら私はあの三人の前でそういう表情かおをすればいいかわからなくて、態度に出してしまうから。


 ぶっちゃけいまでも相当厳しい。


 たまたま会う機会がないから何事もなく済んでいるだけ。


 なんとなくスマホでタイムラインを眺めてみようと思った。


 だけどそれでカフェに長居するのは申し訳なく、追加注文しようと思うほど空腹感や飲み足りなさはないから店を出てゆっくり歩き、海に出た。


 砂浜に設置された木製のひな壇型展望デッキに腰掛けて、きらめく海を数秒見てからスマホに視線を落とした。


 フリーの人は『彼女欲しい』、『結婚したい』という願望、恋人がいる人は『男は男と、女は女と仲良く』という感じの書き込みが目立つ、いつもの風景。


 どちらの言い分もわかるだけに、なんだかしんどい。たったこれだけでSNS疲れ。


「おはよう美守ちゃん、会社帰り?」


 江ノ島が見えるボードウォークの東側から声がした。


「おはようおじさん、そうだよ。おじさんは徘徊?」


 現れたのは、顔見知りのおじさん。冬だというのに半袖半ズボン。


「そうだね、きょう元気に早朝徘徊。江ノ島往復」


 おじさんと言っても白髪だらけで推定60代半ばの彼の名を、私は知らない。


 ただよく同じ時間にここにいる者同士として、デッキに腰掛けて雑談するだけの仲。

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