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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
未来と美守の宅飲み
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私の前に現れないで

 正月休みが終わって仙台から神奈川に戻り、仕事始めも終わった夜。


 私たちの会社は年中無休だけれど、地方出身者はカレンダーに近い休日指定となっている。


 鉄道会社の非リア組と呼ばれる社員はリア充組と入れ替えで連休に入った。よく私と接する本牧さん、花梨ちゃん、松田さん、あの女も非リア組なので非番。だと思う。少なくとも花梨ちゃんは非番で、家でゲームをしながらゴロゴロしているという。


 駅に着いた。いまは駅の誰かと会う気分には、とてもなれない。


 普段は乗らない先頭1号車1番ドアの整列位置に並んで電車を待つ。本牧さんとあの女は後方の9か10号車に乗る場合が多い。もしデート中の二人に会ってしまったら、仕事上がりの単独帰宅だとしてもいまは会いたくない。


 ホームへ上がったときに途中の磯子いそご止まり8両編成の緑色の電車が出て行ったばかりだけれど、まもなく大船行き10両編成の水色の電車が到着した。改めて都会だと思った。


 車内に入り、空いていた運転台と客室の仕切り中央に立つ。まだ18時台と比較的早い時間だからか、買い物帰りのおばちゃんや大学生くらいに見える私服姿の若者も全体の3割くらい乗っている。あとはスーツ姿。


 ドアチャイムが鳴って、鴨居で赤いランプを点灯させながら静かにドアが閉まった。


 ガチャガチャガチャッ。


 客室の照明が窓に反射しないよう下ろされた運転台の遮光幕。その向こうで運転士がマスコンハンドルを引いた音がした。


 ヒューと空気が抜けて、人と人が触れるか否かくらいに混み合った電車は静かに走り出した。


 旅客が遠心力に振られない、尚且つ遅延が発生しない程度の適度な加速力とブレーキ。腕の良い運転士さんだ。


 各駅停車だけれど駅間隔の長い区間が多いため、次々と現れるトンネルを軽快に走り抜けてゆく。先頭車は空気抵抗が強いから、風を切る音、ドアがガタガタと震える音もして迫力がある。


 こうして電車を観察し、余計なことを考えないようにしていた。


 これから私、本牧さんとどう接すればいいんだろう。


 私よりもあの女が本牧さんの身近にいて、相性が良ければくっ付くのはわかる。


 同じ職場と違う職場。どうしても縮められない物理的な距離。


 でも、もしかしたら心の距離は、どうにか縮められたのでは、もっと積極的に本牧さんと接していればと、後悔は募るばかり。


 やだな、あの女の姿を見たくない。


 本牧さんも、二人揃っては私の前に現れないで。


「お客さん、終点ですよ」


 しっとりやさしくて、ちょっとあどけない女性の声がした。


「久里浜さん」


 声の主は、運転士の制服を着た久里浜さんだった。胸には『DRIVER』のエンブレムが付いている。


 いつものだらしない雰囲気は皆無。背筋が伸び凛としてかっこいい、女性だけどショタっぽいイケメンだ。


 車内を見渡すと立っている人はいなくなり、席は半分ほど空いていた。


 左を見ると、湘南新宿ラインの電車が止まっていた。ここは大船駅だ。


「どうしたの?」


「すみません、ちょっと考えごとしてて」


「そっか。そうだ、良かったらこれから、未来ちゃんの家に行っていい? 私これで乗務終わりだから」


「あ、この電車運転してたんですね。すごく上手だなって思いながら乗ってました」


「ありがと! じゃあお家行っていい?」


 二度訊かれてしまった。会話が噛み合わないときは、緊張しているか疲れているとき、もしくはその両方。


「はい。お酒買って待ってます」


「えー、おじゃまするんだから私が買ってくよ。おっといけない、そろそろ行かなきゃ。じゃ、また後でね」


「はい」


 いやいやそんなにお気を遣わずなどと言う元気は残っていなくて、私はただ素っ気ない返事をしてしまった。

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