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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
仙台帰省・宮城の旅9
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いなか暮らしを始めた男 前編

 物語の舞台は東北地方のとある村。


 東京生まれ東京育ちの元営業マンの男(30歳)が会社に隷属し、数字に踊らされ、社内や先方との人間関係に辟易する日々に疲れ脱サラ。自由気ままな田舎暮らしをしたくて東北へ引っ越してきたというもの。


 降り立った駅は無人で、バスは1日3本。まだ昼前だというのに最終便は2時間近く前に出ている。タクシーもない。あるのは森と片側1車線のアスファルトがボロボロになった道路だけ。


 うんうん、あるあるそういうところ。東北民の私としてはわかりみが深い。


 仕方がないので着替え一式と遭難に備え非常食を入れた重たいバッグを肩に掛け、がけっぷちの路肩を歩く男。ガードレールだけが頼み。前を見れば根性を試すように延々と続く緩やかな上り坂。


 季節が春で良かった。まだ微かに残雪はあるものの、森に根付く桜やガードレールの下からひょっこり顔を出すフキノトウが心を癒してくれる。


 10分歩いている間、数台の自動車に追い抜かれ、また擦れ違ったものの、誰も乗せてはくれない。ヒッチハイクもしていないのだから、当然と言えば当然。


「わっ」


 5百メートルほど歩き、段々と息が苦しくなってきた。そんなとき、数百メートル先を大きな黒い動物が横断している。男はそれに驚いた。


「ゴリラがいる……」


 まさか東北の山奥でゴリラに遭遇するとは。


 あまり近付くと襲われかねない。男は動物が横断を終えるまでその場で立ち止まり待つことにした。


 ところが動物は、男と目が合うととことことこちらへ駆け寄ってきた。しかも尋常でないスピードで。


 男は気付いた。


 あいつ、ゴリラじゃなくてクマだ。


 男は己の近視を呪った。


 え、この人バカなの? 普通、日本の山で黒い動物っていったらクマだっちゃ。私もそれくらいわかる。読み進めながらツッコミを入れる未来。


 こちらへ向かってきている以上、恐らく死んだふりは通用しない。最近のクマは餌不足で人を襲うようになったという。これはもう逃げるしかない。


 しかしこんなときに限って自動車は現れず、周囲に建物はない。姿があったとしてもドライバーも住人も助けてくれるとは限らないが。


 あるのは森の木々を滑り降りてくる雲、澄んだ空気、ボロボロのアスファルト。眼下はやはり森、反対車線はネットが張られた崖に沿っている。


 もう終わりだ。男は覚悟した。


 クマはもうすぐ後ろ。息切れを起こしてもう走れない。


 そうだ、荷物を捨てよう。


 男は咄嗟に肩のバッグを投げ捨てた。


 それが正解だった。


 クマはバッグを咥えて持ち去り、とことこと森へ消えていった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 とりあえず助かった。


 駅の前まで戻った男。辛うじてスマホはズボンのポケットに入っているが、駅の自販機でそれが使えず飲み物は買えない。


 なんということだ。駅ではすべての自販機が電子マネー対応。それは過去に何度か訪れた東北でも共通のはずだった。しかしこの駅はそうではなかった。未だに千円札と小銭しか使えない。


 夢見た田舎暮らしの、悪夢の始まりだ。

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