聖夜の誘い
「本牧、今夜、用事ないでしょ」
「どうして決めつけるんですか。確かにありませんが」
18時5分、駅有人改札のお客さまから見えない一角で、僕を睨む成城さん。背後には駅構内のそこかしこに設置された監視カメラからの映像が流れている。歩きスマホによる人身事故は相変わらず絶えないが、モニターにも大量の歩きスマホが映し出されている。
「なら、付き合いなさい。今夜は私が持つわ」
「わかりました、そこまで仰るなら」
聖なる夜、独り者や訳あり社員でシフトが組まれた駅で、僕と成城さんは日勤、百合丘さんや松田さんなどは徹夜勤務となった。
聖なる夜に街へ放たれた僕と成城さんは、適当な居酒屋チェーンの個室に入った。お洒落な店はカップルだらけで胸糞悪いからと成城さん。
僕も今宵はお洒落な店の気分ではないので居酒屋チェーンに賛成。オニオンフライを食べたい気分だ。
居酒屋チェーンに入るとまずはビールで乾杯。成城さんが肴はなんでもいいからというので僕の独断でオニオンフライ、鶏の唐揚げ、塩キャベツ、だし巻き玉子を注文。それらは注文からさほど時間を経ず僕らのもとへ運ばれてきた。
最初の一口、ビールをちょびっとしか飲まなかった僕に対し、成城さんは一気に飲み干した。空きっ腹に大量のアルコールは悪酔いを引き起こす。
案の定、彼女の酔いは早かった。僕は念願のオニオンフライをつまみながら、聞き役に徹する。
「交際相手がいるときといないとき、いえ、単刀直入に言うと定期的にキスやセックスができているときとできていないときでは調子が全然違うのよ。あなたもわかるでしょ?」
「わかります。それはもう痛いほどに」
成城さんに言われ、僕は三浦さんに襲われたと発覚した朝のことを思い出した。
あれはとても後ろめたい思い出だが、すこぶる体調が良くなったのは事実。三浦さんも大層満足げだった。
「なのに、なのに、こっちの心が疲弊して病んで筆がのらないときに定期的にセックスできてる連中は幸せ自慢に終始して、不満を漏らせばそれはなんとかがなんとかでああなんだと思いますとか思慮の浅い妄言を吐き捨てるのよ」
なるほど、成城さんはいま、創作界隈の人間の話をしているのか。てっきり夏のように彼氏のいる久里浜さんを妬んでいるのかと思いきや、それとは別の件もあるということか。
そういえば近ごろ、成城さんが職場で液タブに触っているところを見ていない。あれは百合丘さんのおもちゃになっているのが実情だ。彼女にもまた、恋人の気配はないが。
「ということは、成城さんは彼らより苦しみを知っていて、創作活動でも会社の仕事でも、よりキメ細かく深みのある業を成せるという物凄い強みがあるってことじゃないですか」
「あなたポジティブね。それは確かにそうだけれど、健康な暮らしにセックスは必要不可欠よ。なのにそれができない。わかる?」
接客時以外は基本的に淡々と喋る成城さんだが、いまは洋画の日本語吹き替えのごとく流暢で語気が強い。
「わかりますよ、僕もそうですから」
僕は成城さんの1コ下。年齢と性格が近い僕と彼女。例えば僕と彼女が同じ学級にいたならば、同じグループにいただろう。
そんな感じだから、彼女にとって僕は話にくいことでも相談しやすい相手であり、逆もまた然りだ。




