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女神さまは試練を与えた

 では、その小百合さんは何をしているかというと、早朝は、予定外でありながら彼女の中では想定内だったアイスクリームの仕分けから始まり、会場のテーブルにクロスを引いたり、DJやバンド演奏のためのステージを電動ドリルなどを用いてネジで固定するなどの大工仕事。


 式が始まると、リーダーなので通常の式と同じく司会進行に回り、スケジュール通りに事を運んだ。


 つまり、なんでも屋だった。


 わかってはいたけれど、小百合さん、ただ上からものを言うだけじゃなくて、自分も現場でしっかり状況把握をしている。


 私と小百合さんの年齢差は5歳。5年後、私は小百合さんみたいになんでもエレガントにこなせて尚且つ人の気持ちを汲める人になれているかな。


 改めて不安になると同時に、彼女に尊敬の念を抱かずにはいられなかった。


 式が終わると、そそくさと後片付けが始まった。


「借り物の食器は全部ケースにしまって隅に置いといて! 機材はあっち! 違うってあっちだって!」


 ここでもまた、一部の男性社員がピリピリしていた。あの人たち、普段は気さくなのに、こういうときはピリピリするんだ……。


 張り詰めた雰囲気を醸し出して周囲に緊張を煽る。なぜそういうことをするのか。普段通りの平たい態度でも、うちの人たちは素早く動く。逆に緊張させるとミスが発生したり、居心地が悪くなって今後の仕事が億劫になってしまう。


 片付けが終了し、ボランティアスタッフとして参加した新郎の知人は引き上げ、会場に残ったのはルールーのスタッフのみとなった。


「いやあ、きょうは疲れたなあ」


 小百合さんのほか、私のもう一人の直属の先輩である子安さんが会場隅のカーペットにぐだっと座り込み、壁に背と頭を押し付けた。


 多くの男性スタッフがピリピリしていた中、彼は私と同様にひぃひぃ悲鳴を上げながら動き回っていた。


「おつかれさまでした!」


「おつかれ、衣笠ちゃんは元気だね」


「いえ、もうクタクタです。空元気です……」


 私は子安さんの横で壁に手をついた。セットは片付けても常日頃華やかな会場に陰鬱な一角ができあがった。


「ごめん、いま俺がガス抜いちゃったね」


「知ってますか子安さん、電車って、ガスじゃないけど空気を抜くと一気に力が抜けて、廃墟みたいになるんですよ」


 この前、鎌倉の電車工場で見たときのことを思い出し、子安さんに話した。


 自動車もそうだけれど、エンジンを切って駐車しているだけの自動車と、車検前か廃車となった自動車では、何か違うものを感じる。後者には生気を感じられず、代わりに陰の気を感じる。


「いまの俺と未来ちゃんはその電車みたいな感じってわけか……」


「そうです、力が抜けると人も電車も動かなくなるんです」


「ごめんなさいね、きょうは本当におつかれさま」


 私たちの陰鬱な一角に、突如煌びやかなオーラを放つ諸悪の根源、否、黒い仕事を一日だけ体験する試練を与えた女神さまが舞い降りた。


「小百合さん!」


「もうマジ勘弁してください! 懲り懲りです! きょうはお酌してくださいよ!」


 子安さんはここぞとばかりに小百合さんにお酌を要求した。


 まもなく、余った料理やドリンクを有効利用した打ち上げが始まる。

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