この幸せが、ずっと続きますように
さくっ、さくっ。砂に靴を半分沈めて夕陽のほうへ歩く。
波音は宮城の海より豪快で、ざぶんざぶんと強く飛沫を上げて打ち寄せる。海岸線の国道を走る自動車や江ノ電の走行音が、自然豊かな土地でありながらも街の活気がある。
神奈川に越してから、こうして浜辺を訪れる機会が二度あった。最初はすぐそばの江ノ島、次に久里浜さんの実家がある茅ヶ崎、そして今回、本牧さんと二人きりの鎌倉、稲村ヶ崎。
よくテレビに映る湘南の海といえばだいたいこの辺りで、明るく開けたイメージを持っていた。けれど実際に歩いてみると、どちらかと言えばここ稲村ヶ崎は陰の雰囲気を感じる。
江ノ島は陰と陽を分断する突起で、その西側に位置する茅ヶ崎はとてもオープンで明るく、きらきらしていた。街の人は久里浜さんみたいに気さくな人が多く、親しみやすかった。
鎌倉は古都だからか、この地で没した武士は多く、内陸の北鎌倉にとても近い、厳かな空気が、もう何年もずっと根を張っているような、そんな感じ。
それでも江ノ島の向こうに隠れようとする夕陽は鮮やかで、わいわいがやがや騒がず、二人静かに歩くには適した場所かなと、文芸部の妄想少女だった私はそんなふうに感じている。
そんなことを考えながら歩いていると、北からの乾いた風が頬をチクチク刺して、からだがビクッと震えた。
「うぅ、ちょっと寒い」
「冷えてきましたね、ちょうど良かった」
「ちょうど良かった?」
私が問うと、本牧さんはおもむろに鞄を物色し、ピンクのリボンが貼り付けられた小さな紙袋を取り出した。
こ、これはもしかして……!
ほぼ当たるであろう予測に、冷えたからだが高鳴る鼓動に温められてゆく。
「これ、ささやかながら誕生日プレゼントです」
き、きた! プレゼント! 本牧さんからプレゼント!
「うわーあ! うれしい! ありがとうございます!」
「僕の誕生日には仙台で服を買ってもらったのに、こんなに小さなもので恐縮ですが」
「いえいえ、大事なのはハートです! 開けてみていいですか!?」
なんだろうなんだろう、中身はなんだろう!?
「どうぞ」
私は紙袋の折り目に封として貼ってあるメタリックグリーンの楕円型シールを破かないよう慎重に剥がし、中身のふわふわしたものを取り出した。
「こ、これは!」
ピンクでもふもふ、耳がぴょんぴょん!
「ウサギのぬいぐるみですね!」
耳が5つあるウサギのぬいぐるみが2体!
「手袋です」
「わかってますよぅ、もう……」
「我ながらキレの良いツッコミができたと思います」
「確かに! 本牧さんナイスツッコミ! さっそく嵌めてみていいですか?」
「どうぞ」
私はさっそく手袋を嵌めてみた。最初はひんやりした感触だけど、自らの体温でじわじわ温まってくるのがわかる。
「あったかい」
ふふ、と思わず、安らかな笑みがこぼれる。私の様子を見ている本牧さんも、釣られて穏やかでやさしい笑みを浮かべた。
「良かった、これで雪だるまを作れますね」
「はい! 仙台はあまり雪が降らないので作るのは何年か経ってからかもしれないですけど、ずっと大切にしますね!」
「いやいや、傷んだら新しいのに替えましょう」
「えぇ~、イヤです。でも私、物持ちいいから生涯使える気もします!」
私が言うと、本牧さんは呆れたのかフッと息を漏らし言う。
「そうですか。それは手袋も喜ぶ」
「うんうん、手袋さんにも喜んでもらえるように使わなきゃ。ということで、大事にしますからね!」
大好きな人からもらった、初めての誕生日プレゼント。
本牧さんはきっととてもモテる人で、私が知る限りでも小百合さん、成城さんとは相性が良いと思う。
でもいま彼は、私といっしょに歩いていて、誕生日プレゼントをくれた。
恋が実るかの不安はあるけれど、この幸いを噛み締めなければ、人生損だ。
「ふふふふっ」
だからいまは、心からこぼれた笑みで、幸せを全身全霊に染み渡らせる。
手袋を両頬に当てて、もぎゅっーとしてみる。
そのとき、いつの間にかちゃぷんちゃぷんと波が穏やかになっていたと気付いた。
あぁ、どうかこの幸せが、ずっと続きますように。
そう祈らずには、いられなかった。




