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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
鎌倉デート

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小町通りから稲村ヶ崎へ

「んー! 上品な味! 田舎じゃこんなの食べられない!」


「仙台なら食べられると思いますが……」


 クマは生息しているが大都市の仙台。お洒落な店は多くあるだろう。


「ここの味はここの味。このお店以外では食べられません」


「それなら東京でも食べられないじゃないですか」


「はい、ニューヨークでも食べられません! オンリーワンです!」


 僕は抹茶のフレンチトースト、衣笠さんは黄金色のパンケーキに舌鼓を打っている。いずれもバニラアイスが1個乗っている。


 つい先ほどまで店の雰囲気に圧され萎縮していた彼女だが、横浜での免疫があり慣れたのか、はたまたパンケーキが美味しくて夢中になっているのか、普段通りの田舎娘に戻った。


 食後、僕はカモミールティー、衣笠さんはローズヒップティーでホッと一服してから店を出た。


「美味しかったぁ、ごちそうさまでした!」


「いえいえ、また行きましょう」


「はい! こんどは割り勘にしましょう!」


「じゃあディナータイムに行ってどっさり注文しようかな」


「え!? だめですよ、ちゃんと食べきれる量にしなきゃ」


「もちろん。ああいうお店に行くとたくさん食べたくなるんです」


「その気持ちはわかる。うん、よくわかる」


 妙に納得している様子の衣笠さん。少し上品な雰囲気でありながらカジュアルで、メニューは手が出せない価格でもない。そんな絶妙な塩梅の店に行くと、ついたくさん注文したくなる。そんな僕の心情が彼女に伝わったようだ。


 あと1ヶ月で冬至となるきょう、日は短く、空は白んできた。


 小町通りを行き交う観光客は徐々に減り、付近の女子校に通う生徒の姿が目立つようになってきた。緑色のブレザーだからすぐにわかる。


「ちょっとだけ、電車に乗りましょう」


「ちょっとだけですか。逗子ずしにでも行くんですか」


「逗子ではありません」


 ん? どこに行くんだろう。もう帰るのかなと首を傾げる衣笠さん。


 逗子は鎌倉の南隣の駅。更に南下すると東逗子ひがしずし田浦たうら、横須賀、衣笠、終点の久里浜となる。この先は線路がない。北隣は先ほど降りた北鎌倉。北上すると横浜、東京、千葉、宇都宮うつのみや、東北地方などへ続く。


 小町通りを抜け、まもなく鎌倉駅に到着した。僕らは横須賀線の改札口を通り駅構内に入った。そのまま横須賀線の下を貫く通路を抜け、反対側の改札口を出た。


「あれ? 改札出れた」


 人混みの中、軽く驚く衣笠さん。ICカードは定期券区間内および異常時を除き入場券としては使用できず、他の駅の改札口を通過しないで入場した場合はゲートを閉じられてしまう。


 鎌倉駅は衣笠さんの定期券区間外で、現在ダイヤ乱れなどの異常はなく、改札機に引っ掛からなかった自分に驚いている。


「鎌倉駅はあまりにも人通りが多いので横須賀線と江ノ電の改札口を相互に、特例的に出入りできるようになっているんです」


「会社が違ってもお互い鎌倉駅周辺の混雑緩和に協力してるんですね」


「そうですね、回り道して江ノ電の改札口に行く方法もありますが、その道だけに人が集まってしまうと観光客だけじゃなくて地元住民の生活支障が現状より悪化してしまいますから」


「鎌倉暮らしは大変ですか?」


「えぇ、特に昼間のマイカー移動は観光客の車で渋滞してしまうので。そんなこともあり、僕は車を持っていません」


「なるほどそんな事情が」


「仙台みたいに開けた土地なら少し違ったのかもしれませんが、山だらけですので」


「大変だぁ、同じ鎌倉でも大船はそんなに渋滞しないのに」


「そうですね。鎌倉に住むなら大船や深沢みたいな、観光地から少し離れた場所がいいと個人的には思います」


 喋っているうち、江ノ電の乗り場に着いた。乗車待機列に並び、電車を待つ。


 数分後に4両編成の電車が到着した。


「おお、青い江ノ電! しかもなんかお洒落!」


 江ノ電といえば緑色の車両が広く知られているが、今回到着した4両のうち、後ろ2両は青い車両。青とクリーム色の塗装に黄色いラインが引いてあり、欧風レトロな雰囲気を放っている。


「1編成だけ青いんですよ。他の車両もラッピングして緑以外の色になるときもありますが、常日頃青いのはこれだけです」


「ふむふむ、テレビに映らない江ノ電の姿」


 観光客と学生で混雑した青い江ノ電に揺られ約10分、僕の実家がある極楽寺のひとつ先、稲村ヶ崎(いなむらがさき)で下車。


「ついに来ましたね、本牧さんの縄張り!」


「そうですね、実家から徒歩10分弱ですから」


 夕方とあって下車する観光客は少なく、彼らのほとんどは江ノ島で夜を迎えるか、終点の藤沢まで乗って家路を辿るのだろう。


 住宅地の人目に付きにくい場所にひっそり佇む稲村ヶ崎駅。駅周辺を歩いても人通りは少なく、昼間を除けば1分に一度誰かが視界に入る程度。観光客がいなければこんなものだ。


 僕らは海に沿う国道134号線の横断歩道を渡り、浜辺に降り立った。硬いアスファルトから、しばらくぶりに解放された。

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