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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
はじめてのウエディングプランニング
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『あと何時間』のリフレイン

 お客さまとお会いするまであと何時間……。


 それが頭から離れず、電車の吊り革を掴んで曇りガラス越しの夜景を眺める。オフィス街から高級住宅街へ移り、トンネルに入る。モーターや空気清浄機の音、近くの人が身動みじろぎする音に割り込むゴオオオと空気を押し切る音は、山間部の景色が現れると同時にぶわっと消え失せる。景色は次々と変化するのに、私の思考回路は相変わらず『あと何時間』。


 それから数駅を出て立席客は十数人ほどに。パーソナルスペースが確保できるようになり、少し気分が落ち着いてきた。高所を駆け抜ける電車から見下ろす街灯りは幻想的で、私の悩みなどこの広い地球からすればちっぽけかなと、少しポジティブになれる余裕も出るくらい。


 電車で結婚式……。ここが私の初めての舞台になるのかもしれない。


 やがて乗客は10人ほどになり、着席した私は車両中央部からざっと車内を見回す。座り心地の良いバケットシートは青く爽やかな印象で、車両によって異なりそうだけど50席前後。釣り手は黒い二等辺三角形でちょっとお洒落。ドアの上に2台ずつ設置されたモニターではメッセージビデオを流せそう。中吊り広告スペースも何かに使えるかもしれない。


 そうこう想像を膨らませているうちに、終点の大船駅に到着した。ここから徒歩15分のところに借りているマンションがある。


 週末の賑やかな繁華街を県道に沿ってほんの数分進むと古びた街灯が照らすのみの少し不気味な雰囲気となり、アパートや使われているのか不明瞭な雑居ビルが建ち並ぶ中、白い灯りの漏れるコンビニはやたらと目立ち、駐車場がなく軟派な雰囲気の若者がたむろするスペースもないので、ほっと安心感を与えてくれる。


 お酒代わりのレモン風味炭酸水と、ずんだが名産の故郷をしのび枝豆を購入して店を出ると、不気味な街の恐怖感から一刻も早く解放されたい一心で、速足になる。


 永遠に感じられた数分後、3LDK家賃7万円のマンションの3階(最上階)にある自室に入る。住まわせてもらっているお部屋に感謝の気持ちを込めて「ただいま」を言う。


 ティンプルキーを使用しているからといって、侵入者がいるのではないかと安心しきれない。都会は怖くて人の心が冷たい場所。


 幼少期に大人から植え付けられたイメージを証明するかのように、キャリーバックを引いていた中年女性は私がそれに躓いて線路に落下する際、ちらっと無表情で見て見ぬフリをして去って行った。


 それでも救助を担当してくれた駅員の本牧さんは優しい人だった。都会にもこんなに親切な人がいるのだと驚くと間もなく、嬉しさが込み上げたのをよく覚えている。


 そうだ、電車で結婚式といえば、本牧さんにも相談してみようかな。


 なんて、回りくどい私の思考を小百合さんや朝比奈店長が知ったらきっとクスクス笑われる。店長なら悪ノリして下着を脱がされ、お尻が青くないかチェックされそう。ウエディングプランナーになどなっておきながら、私の女としての人生経験は振り出しから一マスも進めていない。


 手洗い、うがい、着替えほか、帰宅からくつろぎに至るまでの一連の作業を済ませテレビを点けると、周囲を山に囲まれた夏の田舎町を舞台にサイバー戦争を繰り広げ、人と人とのつながりの大切さを描いたアニメ映画が放映されていた。これを劇場で観た高校時代を昨日のように思い出すと同時に、時の流れが年々加速しているなと、焦りのような混沌とした感情が芽生える。


 30歳までに結婚できなかったときのために、店長から色々教わろう。


 こんな失礼なこと、誰の前であろうと口が裂けても言えない。

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