リスの前でいたちごっこ
「動物って、リスさんだっだんですか」
衣笠さんを連れてきたのは八幡宮の東側、木々に囲まれた薄暗い池のほとり。
この場所では毎年6月になるとホタルの観賞会が開かれ、一般人は順路を辿りながら幻想的な体験ができる。
鎌倉市広域にはタイワンリスが多く生息しており、衣笠さんが喜ぶだろうと思って特に見やすいこの場所に連れてきたのだが、あまり感動していないようだ。
「えぇ、リスはあまりお好みではありませんでしたか?」
見上げた先の生い茂る木々では、数頭のリスがちょこちょこ移動している。個人的には可愛いと思う。
「いえいえ、そういうわけでは。ただ、リスさんはときどき見かけるので、もっと別の何か変わった動物さんかと」
言いながらこめかみを掻いて考える素振りを見せる彼女の仕草は、なんだかリスっぽい。前世は隙を見て飼い主のもとを抜け出し、秘密基地で仲間と集まりヒマワリの種を食べるリスだったのかもしれない。
「なるほど、それは残念」
「いえいえ、それより、何か変なこと考えてません?」
「衣笠さん、エスパーですか?」
「間の取りかたでわかるんです。あ、またしょうもないこと考えてるなって」
「そうですか。僕の癖を見抜かれてしまったようですね。では次からは悟られないように自然でいなければ」
「それはいたちごっこですよ。リスさんのそばでイタチになろうとしないでください」
「ははっ、ごっこですから本当にイタチにはなりません。しかし確かに衣笠さんの言う通り、いたちごっこですね。僕はいったいどうすれば良いのやら」
「何もしなくていいんです。現状維持で見抜かれ続けるか、強いて言うならしょうもないことを考えないようにするかです」
「うーん、腑に落ちないなぁ」
「人生ときに諦めも大事です。電車だって運行に支障があれば終点までの運転を諦めて、ときどき途中駅止まりになるじゃないですか」
「僕にとって衣笠さんは支障物なんですか?」
「比喩ですよ比喩。なんてたって私は文芸部出身ですからね!」
「文芸部員がメイド服でおもてなしですか」
「そ、それはクラスの出し物だったから!」
「よし、間髪入れずにしょうもないことを言えた」
「そんなことに頭を使わなくていいんです! ほら、こんなに神聖かつ厳かな場所で悪態ついたら罰が当たりますよ」
「そうかもしれませんね。この場では大人しくしておきます」
「わかればよろしい」
ここ最近、僕と彼女の応酬がテンプレ化しつつある。筋道を立てた会話ではないが、漫才のように決まった流れができている。
これは僕と彼女の関係性が深度化してきた証拠、こころの距離が縮まっている、ということになる。
通常ならば喜ばしいが、人生の終着点が見え隠れしている僕は、やはりそれを手放しでは喜べない。恋はなかなか進まなくて、支障物の度合いによっては列車同様に、進行を打ち切る必要もある。
亡くなった彼女のお祖父さまにはそんなの気にするなと言われたが、僕が我慢をして、彼女が誰か別の男を好きになれば、それが彼女目線でのハッピーエンドだ。
3歩進んで僕はいま、2歩目を踏み出すか否かで、足が空を迷っているところだ。




