未来、危険運転の車に蹴りを入れたい
わあああ! どうしよう! 私また変なこと言っちゃった!
あれじゃ下心見え見え!
日常は一瞬で崩れ去るものというのは本心。それは本当に肝に銘じてほしいこと。見慣れたものを改めて見ると素敵に思えるようになるのも本当。
けどけど! うーん、なんかそれを利用して本牧さんとデートをする口実を作るという己の醜さが、うああああああ!! 私最低だ。人間の恥だ。
この人はそういうのも全部見透かしてるんだろうな。
それでも私を避けないで付き合ってくれてるんだ。
ううう、恥ずかしい、情けない。
もやもやに支配されつつ、引き続き彼と並んで歩く。さっきまでは上り坂が多かったけど、いまは下りが続いている。もう鎌倉の中心部が近いのだろう。
坂を下りきると、道路の左側に鬱蒼とした神社の敷地のようなものが現れた。
「これが鶴岡八幡宮ですよ」
「え、これが?」
なんかイメージと違うような……。
テレビで見る鶴岡八幡宮はもっと広く開けていて、木が生い茂ってるイメージはない。
「こちら側は木々に囲まれていて、南側だけパッと開けてるんですよ」
「そういうことですか! 神聖な場所ですね!」
納得した私を見て、本牧さんはなぜかやさしく微笑した。
押しボタン式の横断歩道に差し掛かった。車がビュンビュン行き交っている。ボタンを押せば信号はすぐに変わるけど、本牧さんは車が途切れたタイミングを見計らって押した。私も普段、そうしている。
まず、目の前で信号が赤になったらドライバーさんが嫌がる。もう一つ、信号無視をする車がいるから青信号でも危ないという理由。
悪者だらけのこの世の中、信号の色は気休めくらいに思っていたほうがいい。
信号が青になった。
「わぁ危ない!」
警戒していて良かった。信号無視の高級車が猛スピードで出現し、通過していった。
私たちは左右をよく確認し、横断歩道を渡った。
渡った先は鶴岡八幡宮の本宮へ続く石段。登りながら、本牧さんが切り出す。
「110キロくらい出てましたね。あれじゃ左右確認して渡っても、人によっては逃げきれずに轢かれてた」
「ほんっとにもうどいつもこいつも私を殺しに来る!」
「お、本音が出た」
「私、そんなに大人しい性格じゃないですよ。いまの車だって蹴り入れて凹ませてやりたいです」
「そうなんですか。蹴り入れて凹ませるだけで済ませるなんて、僕にはとても穏やかに聞こえますけど」
「じゃあ本牧さんはどんな仕返しを?」
「そうですね、こんど同じ車を見かけたら油をかけて火を点けるくらいですね」
「負けました。私、まだまだですね」
「犯罪なのでまだまだのままでいいです。凹ますのも犯罪なので、ナンバープレートを覚えるか、スピードが緩ければ咄嗟に動画撮影すると良いでしょう」
「正しいやりかたならそうですね」
「えぇ、まぁでも、中学生のとき、同級生が近所に住んでる人の車に毎日危険運転で怖い思いをさせられていて、仕返しに七里ヶ浜でバケツに海水を汲んできて、その車のエンジンルームにぶっかけてたなんてことがありましたね」
「海辺ならではの仕返しですね。私の近所といえば、磊々峡の清らかな水くらいしかないので、仕返しできるかどうか」
「エンジンルームに水をかけるのも犯罪ですからね」
「わかってますよ。でも、痛い目を見ている身としては危険行為は許せないんです」
「それはそうですね、衣笠さんを線路に落っことした人は捕まりましたが、すぐに釈放されました」
「みたいですね、こっちは死にかけたっていうのに。本牧さんたちの会社だって損害を被った」
「そうです、お客さまである衣笠さんに怪我や怖い思いをさせ、電車を止めて数千人の足に影響が出た」
「でも、あれがなければ私は本牧さんに出逢えなかったかも……」
そう思うと、怪我の功名という気もする。
「いや、ブライダルトレインを申し込まれたご夫婦によって引き合わされたと思います」
「あぁ、そうだ、きょうもそのお仕事の帰りだ」
「えぇ、いずれにせよ、僕らは巡り会う宿命だったんです」
……。
「どうしました?」
石段を登りきった。本牧さんはキョトンと私の表情を窺う。しかしそれには、どこか含みがある。
「べ、別に、なんでもないですよっ」
本牧さんからそんなこと言ってくるなんて、反則だよ。
よりによってきょう言うなんて、私に気があるんじゃないかって、期待しちゃうじゃん。




