未来、電車の車輪を計測する!
「わーあ、電車が空を飛んでるー!」
「僕も5歳のころ一般公開で初めて見たときは驚きました。あのとき吊り上げられていたのは横須賀線の車両で、隣ではこの車両の同僚が落書き用車両として白に塗られて置いてありました」
「あぁ、廃車な。同僚車両でもさっさと潰されちまうのもいれば、20年以上経ってブライダルトレインに生まれ変わるのもいるわけだ」
事務所から工場の現場に出て、車両の整備を見ている私たち。本牧さんも一応は見学者の立場だけど、朝比奈さんと一緒に車両や仕事内容について説明してくれている。
ヘルメットと軍手を装着しているから、頭が重く手が暑苦しい。
建屋内はフォークリフトや作業用の三輪車が行き交い、インパクトレンチや電動工具の音に支配され、慣れない私は頭がおかしくなりそう。
両抱き式クレーンに前後をがっしり抱えられて宙を直進するブライダルトレインもとい、かつて私が利用していた仙石線の車体。
クレーンはクレーン車のように縦横無尽に移動できるタイプではなく、クレーンゲームのように本体は建屋上部に設置されたレールに固定され、アームは前後左右に移動可能。
車輪や台車枠などの足回りは切り離され、地に置いてある。
この後、車体や足回りの部品はすべて解体、各部の検査を行い、再び組み立てられるという。
説明通り、地に置いてあった足回りは整備社員(検修員)さんたちが手で車輪を転がして運び、所定の場所でバラバラにされた。
他方、離れた作業場では車体の座席や窓ガラス、ドアなどを取り外す作業が進められている。
「さて、じゃあ未来ちゃん、ちょっと職業体験してみるか」
「職業体験……?」
ということで、私みたいな素人がやっても事故にならない仕事を選び、そのブースへ案内された。学生の職場体験学習でもこれをやるらしい。大丈夫、私がミスしても電車は事故らない!
建屋の隅、目の前には車輪がある。正確にはタイヤ(車輪)と車軸を組み合わせたものなので輪軸というらしい。車軸にはブレーキパッドを当てるディスクが取り付けられている。
「じゃあ、これの内面距離を計ってみるか。本牧、手本を見せてみろ」
言って、朝比奈都さんが本牧さんに手渡したのは、1メートルくらいあるステンレス製の細い棒。うーんと、じいちゃんのぞうさんより細いかな。
「これはバックゲージといって、タイヤの左右間の距離を計る道具です。先端がノック式のペンみたいになっていて、そこだけ伸縮可能な構造になっています。これをこんな感じで両輪の内側に押し当てて……」
本牧はくるり私たちに背を向け、前屈みになって両輪の内側に車輪を押し当て、右の伸縮するほうを数回スライドさせて位置を定め、ツマミを回して伸縮部を固定した。
「さぁ、衣笠さんもやってみましょうか」
「あっ、はいっ!」
本牧さんに渡された長いゲージ。よく見ると伸縮部には油が塗られていて、目盛りが茶色く濁っている。
「んと、こう、ですか?」
背後で見守るふたりに問う。
精密機械だから伸縮部を車輪にぶち当てて壊さないよう慎重に縮め、測定位置まで持っていったところで慎重に先端部を当てた。
「そうです。これをスライドさせて、目盛りの数値が一番低いところで止めます」
ゲージの伸縮に従って目盛りが動くシンプルな道具。本牧さんは簡単に計測したけど、初めて触る私は車輪にできた凹凸に引っ掛かって摩擦抵抗でゲージが動かなくなったり、落としてしまいそうになってあたふた。
いまどき、こういうのって機械が勝手に計ってくれないのかな?
「はっ、はぁ、わっ、わかりましたっ。んと、じゃあ、ここかな?」
私はここだと思ったところでゲージを止め、ツマミを右に回して目盛りを固定した。
「何ミリですか?」
「えーと、990ミリです……か?」
「正解です」
「わぁ、良かったぁ」
ちなみに、同じ車輪でも車軸にピッタリ真っ直ぐ嵌っているとは限らず、車輪一対が0.5ミリ以上傾いて嵌っていてはならないという。よって、いま私が計測した車輪でも、ゲージを当てる場所によっては異なる数値が出る場合もある。
なので実際の業務では車輪を三ヶ所、正三角形を描くように計測するそうだ。
「初めてにしてはやるなぁ、美守の仲良しとは思えねぇ」
「く、久里浜さんは腕のいい運転士さんですよ!?」
「そうなんだよなぁ、あのズボラがどうしてあんなに丁寧な運転ができるのか」
首を傾げる朝比奈さん。でもきっと、彼女も久里浜さんの本質を理解しているからこういうことが言えるのだと思う。




