鉄道業界の課題
季節は秋へ移ろい、風はさやかに雲は斑。
他方、僕は特に代わり映えない平坦な日々を過ごしていた。
11月22日。この日、僕と衣笠さんはブライダルトレインの全般検査作業を見学するため、鎌倉市内の車両工場を訪れていた。かつて僕が勤めていた職場だ。
「いやぁ、変わりましたね。まるで別の職場のようだ」
LED電球が照らす真新しい会議室。椅子にかけて白い机に置かれた職場紹介冊子をペラペラめくりながら僕は言った。
衣笠さんも無言で冊子を眺めているが、どうも内容を理解できていないようだ。そんな目をしている。
「そうだろ。アタシもこれには驚いた」
と話すのは、かつての直属の上司、朝比奈都。高卒入社の29歳、僕が‘ミヤさん’と呼ぶ彼女は久里浜さんの同期だ。
何かの巡り合わせか、朝比奈さんは衣笠さんの上司、朝比奈支店長と従姉妹関係にあるとのこと。
黒髪セミロングで男勝り。『女だからってなめんじゃねぇ』が信条。なめるどころか僕より男らしい。
しかしそれを告げると彼女にも秘められている乙女心がバリンと砕け、火砕流が飛んできそうなので黙っている。
敷地内の全ての建物が建て替えられ、まるで別の事業所になった工場。当時勤務していた社員も転勤や退職でここを去ったそうだ。
「時代の流れですね。僕がいたころは仕事を若手に押し付けて自分は扇風機の風に当たってるだけのベテランも多くいましたけど、いまはどうです?」
「会社が問題視して出向させたり定年で辞めたりで数は減ったけど、まだ何人かいるな。そいつらのいるところはなるべく通らないようにするよ」
「あ、あの、この会社は働かなくてもお給料が貰えるんですか?」
衣笠さんが恐る恐る訊ねた。
「いや、当然働かなきゃダメです。でも組織が大き過ぎて上の者が管理しきれていない現状もありまして。なので働き甲斐の向上を目指して賃金制度を民営化前の年功序列型から成果主義型に転換したり、一部の業務をグループ会社に委託して風通しを良くするなどの取り組みを進めているところです」
「分業化すればそこの管理者が社員を管理するってわけだな。あんま監視されるのは現場のモンとしては気分悪いが、働いてない輩ががっぽり貰って、そいつらの横で齷齪働く連中が不当な額しか貰えないのは是正しなきゃいけない」
「な、なるほど、親方日の丸の名残があるとは聞きますが……」
「いまは民間企業なので普通に潰れます。これからは人口減少が進み、満員電車対策で在宅ワークをする人も増えるでしょう。順風満帆と誤解して安定を求める人が入社試験に多く応募してくるようですが、正直この業界は少し進むと大きな落とし穴が待ち受けています。それを埋めるか回避する策が、鉄道各社の課題の一つですね」
「満員電車がなくなるのは乗客としては嬉しいですけど……」
「僕もそれは歓迎です。日本は過労社会ですから、電車の中でくらい座ってのんびりしてほしいものです」
「でもそれだと儲からないんじゃ……」
「えぇ、普通列車の利益率は下がりますが、他方で豪華な車両を走らせたり駅に商業施設をつくって利益を確保するんです。それに、省エネで走れる車両が増えて、電気代はかなり抑えられてるんですよ」
「なるほど、ちゃんと健全に経営する策は打ってあるんですね」
「そんな中、今回整備するブライダルトレインは余った電気をポイポイ捨てる旧型なんだが」
と、ミヤさん。
「す、すみません……」
「なになに、いいってことよ! いまの電車はシンプルで手応えが足りないから、久しぶりにがっしりしたヤツをいじれて楽しいよ。な? 本牧」
「僕は新車のほうが好きです。ラクなので」
「お前はほんと、古いの苦手だったもんな」
「えぇ、いまの電車は素晴らしいです」
そんな応酬が一区切りしたところで僕らはヘルメットを装着し、ブライダルトレインが整備されている現場に出た。




