そろそろお客さまを担当してみましょうか
「衣笠さん、そろそろお客さまを担当してみましょうか」
ブラインドの隙間から陽が差し込む9時のオフィスにて、隣席の小百合さんからの一言。多忙を極めたジューンブライドが去り、本格的に夏が始まる。世間は七夕ムードが漂い始め、街の所々では竹に括り付けられた短冊が葉とともにさらさら靡いている、そんな季節の出来事だった。
他の社員たちがキーを叩く音やセミの鳴き声をBGMに、PCを立ち上げようとスイッチに手を伸ばしたまま、私は思わずぽかーんとしてしまった。
入社3ヶ月、これまで見習いとして小百合さんに付き、一組のお客さまが初来店されてから結婚式に至るまでの過程はまだ見ていない。けれど他の先輩が担当しているお客さまも含む5組のお客さまに分ければそれぞれの段階はざっと見てきた。とはいえ私がしてきたことはあくまで先輩のサポートに過ぎない。
「大丈夫、初めては誰にでもあるわ。私だって最初は緊張したもの。それに、主担当を衣笠さんにやってもらうだけで、私も支店長もサポートするから大丈夫」
そう、ウエディングは一人だけでは回せない。仕事は一人で進めるものではなく、総合力で成功へ導くもの。今回はそのリーダーが私というだけの話。
リーダーが、私というだけの話……。
わああああああ!! 私これまでの人生でリーダー経験なんてないのに!!
「考え込んでいるみたいね。でも大丈夫よ。担当してもらう予定のお客さまとは一度お会いしたけれど、気さくで話しやすい方々だと思うわ」
そう言われても不安に変わりはない。万一でもお客さまの一生の思い出を台無しにしてしまったら、最高の思い出づくりができなかったら……。そう思うと、胸が苦しくて息が詰まる。
小百合さんから渡された資料によると、新郎さまは40歳、新婦さまは20歳。要望欄には『電車で挙式したい』と記されている。電車での結婚式は弊社『ルゥルーコーポレーション』でも前例があり、小百合さんや支店長に教われば式や車両の手配はできそう。
お客さまとお会いするのは明日。それまでに、せめて心の準備だけはしておきたいな。




