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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会
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見られた死者との会話

 しめやかな空気が支配する客間で、まずは喪主の衣笠さんのお父さんが挨拶をしてから読経が始まった。すすり泣く衣笠さん、もらい泣きする三浦さん。しかし意外にも、泣いているのはそのふたりだけだった。


 中には故人とあまり接点のなかった者もいるだろう。高齢者たちはもうじき自分もと、またすぐ会える気がしているかもしれない。


 衣笠さんのお父さん、つまりお祖父さんの息子は終始渋い表情をしていた。


 涙する者は少ないが、都会の斎場で催される葬儀より、葬儀らしかった。


 というのも、これまで僕が参列してきた葬儀は斎場の中年女性職員が芝居じみた口調で故人の経歴や趣味を語り、喪主の挨拶は心から、その後は若い職員が花輪はなわをブチブチむしり取り、棺桶で眠る故人に添えるというシステマチックで情を感じられないものだったのだ。


 死後の扱いはこんなにも粗末なのかと、僕は虚しさを覚えた。


 それに比べれば、こちらの葬儀は紫の座布団を家族で並べ、経を読む坊主の声は澄明、芝居じみた者もいない。


 参列者の後方ではお祖父さんの魂が俯瞰しているのだが、僕以外は気付いていないようだ。


 式の最後に花を添えると、いよいよ棺桶に蓋を被せ、釘が打たれる。感情を露わにしまいとハンカチで口を覆う衣笠さん。しかしその両手はびくびく大きく震えている。僕と三浦さんは唇を締めて遠巻きにそれを見るしかできない。


 坊主の手によって釘が一本、また一本と打たれてゆく。僕の母方の祖父母が他界したときは参列者が一本ずつ打っていったという(当時の僕は小学生だったため、釘打ちの際は別の部屋に移動させられた)が、やり方が異なるのか、坊主が遺族の心情を察したのか、彼が一人で釘打ちをした。


 いつの間にか家の前に到着していた霊柩車に、棺は業者の手によって乗せられる。ずっとこの家で日々を過ごしてきた彼のからだがここに戻るのは、骨だけになってから。


 死とは本当に呆気ないものだ。僕ら参列者は霊柩車の後ろに付いているマイクロバスに、衣笠家四人は自家用車に乗り込んだ。そちらの運転はお母さんがするようだ。


 僕と三浦さんは左側、後ろから2番目の席に座った。僕が窓側。


「衣笠さんは、本当に強い人ですね、いや、限界はとうに超えているか」


「そうね、わんわん泣くかと思ったわ。でも本当に、自分の限界を知らずに我慢して、壊れてしまわないか心配ね」


「えぇ、できる限り彼女の心に寄り添っていたいです」


「うん、私も。お祖母さまはご健在だけれど、これからは私たちが彼女の心の居場所になる、そんなときが来ているのよ」


「そうですね、祖父母を拠り所にしているなら一層です」


 火葬場に着いた。周囲には田畑が広がり、遠くに山が連なっている。バスが通ったルートから察するに、隣接する山形県に近い場所だろう。


 館内は白を基調にした質素なインテリアで、参列者は広間に通された。宴会場同様に、懐石料理が人数分用意されている。


 食事を早々に終えた僕は一人その場を離れ、先ほどから背後にいるお祖父さんに話しかけた。人気ひとけのない廊下、山がよく見える大きな窓辺。


「あの、こんなことを訊くのもなんなのですが、亡くなるって、どんな感じなのでしょうか」


「そうか、悠生くんも7年切っているようだからな。まぁ、呆気ないな。本当に呆気ない」


「悲しみとか切なさは」


「そりゃ、この世でずっと被ってきた身が焼かれちまうんだ。悲しくないわけなんかないだろう。焼かれちまえば生き返れない。自分はこの家族を卒業した。そう思ったよ。もうじき骨になって出てくる。でもそれはもう自分じゃあない。愛用していたものだ。そこに情があるとしても、それは別の魂だ。わかるだろう?」


「はい、お祖父さんの魂は此処に在る」


「え……?」


 そう言ったのは、僕と向き合って会話しているお祖父さんではなく、誰よりも彼の死を悼んでいる、衣笠未来だった。

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