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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会
143/334

あ、わかりました(察し

「いやぁ危なかった。なんとか逃げ切りましたね!」


 衣笠家を目前に、僕らへ向かってとことこ駆け寄ってきたツキノワグマ。たまに知り合いじゃないクマが来ると初来訪時に警告されたが、3度目の訪問で本番が来た。


 クマの走る速度は時速60キロ、僕の全力疾走が30キロと仮定して、ひとりならば転ばぬ限り余裕で逃げ切れたが、三浦さんは僕よりいくらか遅い。


 置き去りにするわけにもゆかず、武器になりそうな石や枝を探しながら彼女の手を引いて走った。


 衣笠さんが玄関扉を開けてくれていたのでスムースに駆け込み勢い良く扉を閉めると、2秒後にドン! と大きな衝撃音がして、家屋が震えた。


 息切れしてその場にしゃがみ込む僕らに、衣笠さんは「なぜかうちにはクマが寄り付くんです。逃げ切っては扉に当たられです」と付け足した。


 きっとこの家族の人柄が動物を寄せ付けるのだろう。よく今日まで喰われず生き残り、お祖父さんに関しては無事老衰を遂げられたと心底思う。


 そんな衣笠さん、お祖父さんが亡くなった当日よりは生気が戻っているように見える。空元気かもしれないが。


 他方、三浦さんは異世界に迷い込んでしまったゲーマーのように青褪め放心状態だ。


 それを見た衣笠さんは「ちょっと待っててください」と一旦奥へ引っ込み、水を入れた牛乳メーカーのグラスコップ2つを持って戻って来た。


「ありがとう、未来ちゃん」


 三浦さんが礼を言って衣笠さんからコップを受け取り、まるで初めての日本酒を飲むようにゆっくりと水を口に運んだ。僕も続いて礼を言い、一気飲みした。単純に喉が渇いていた。


 居間からは「ありゃありゃまぁまぁ」、「あばばばばぁ」などと先に到着した参列者たちが僕らを覗き込んでいる。


「あの、見知らぬクマが来たときでも警察は呼ばないんですか?」


 素朴な疑問を衣笠さんにぶつけてみた。


「警察? 普通は呼ぶんですか?」


 衣笠さんはぽかんと首を傾げた。


「あ、わかりました」


 納得した僕は、これ以上追及しないことにした。


「ななな何がわかったんですか!?」


「色々です。それより、今度知り合いのクマさんに会ったときは、見知らぬクマさんはこちらへ来ないように警告するよう伝えておいてください」


「わかりました。射殺されちゃいますもんね」


 三浦さんが落ち着いたところで靴を脱ぎ居間に入った。参列者の中にはお祖父さんの酒飲み仲間のお爺様方もいる。これまで僕が経験した告別式の場はしんみりしていたが、彼らは新幹線で乗り合わせた酒盛りの人々のようにわいわいしている。


「さて次は誰だ?」


 と、友の亡骸を眼前に死を恐れていないようだ。


 クマの出没が危ぶまれる中、僕らに続いて衣笠家御用達の寺院の住職が黒塗りの高級車で到着した。運転手などの同伴者はおらず、ひとりで来たようだ。


 40代とみられる彼が姿を見せた途端、場は静まり返った。


 別れの時へまた一コマ進んでしまった。それを宣言する静寂だった。

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