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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会
142/334

とことこ駆け寄る杜のくまさん

 仙台駅に降り立ち、駅舎内の和カフェで鮭茶漬けをいただいてから東北本線に乗った。


 衣笠さんの実家付近に行くバスがちょうど仙台駅を出てしまい、電車で追い越し隣の長町駅で乗り換える算段。仙台には乗り遅れてもすぐに次の便が来る路線もあるが、衣笠家付近を通るバスは概ね1時間ヘッド。


 仙台駅在来線ホームの発車メロディーが『青葉城恋歌』によく似た曲と『すずめ踊り』から、地元のバンド、ハウンドドッグとモンキーマジックの楽曲に変わっていた。


 三浦さんはドア数が少ないだけで首都圏の中距離電車とほとんど仕様が変わらない仙台圏の車両について「綺麗な電車ね」と驚いていた。


 21世紀に入って久しいが、首都圏以外では大都市圏でも昭和時代に開発された車両がまだまだ健在。しかし宮城県や福島県には新しい車両が多く、東北に馴染みのない人はよく驚く。三浦さんも例に漏れなかった。


 コンクリートジャングルの末端に位置する長町駅に降り立った僕らは、街の湿った熱風を浴びながらバスを待つ。


「未来ちゃんって、けっこうシティーガールなのね。仙台は何度か訪れているけれど、改めて街を見渡すと都会だわ」


 街行く人々の風貌や挙動が都内とあまり変わらないからか、首都圏の人が見たら昔話のような格好をしたヤンキーが見当たらず、その他、列への割り込み、そもそも並ばないなど、地方都市独特の乱雑さをあまり感じない仙台。だからなお都会的に見えるのだろう。


「あぁ、いや、まぁ、そのうちわかります」


 バスは数分後に来た。車内は混雑していて、席は空いていない。


 僕らは車内の中ほどに立ち、右側の景色を流し見している。


 地下鉄南北線の駅が併設されたショッピングセンターを過ぎると、景色は少しずつ長閑のどかになってゆく。


 前回は仙台駅から、その前は長町駅から乗ったものの夜だったからか着席できたが、立って乗ると時間経過が長く感じる。バスは列車より急発進急停車急カーブなので、その遠心力で体力を消耗する。


 結局着席できたのはラスト5分。地元住民しか使いそうもないバス停に降り立った。


「まぁ、ここも仙台市内ですか?」


 山の中腹、周囲は田畑や自動車や農業用の乗り物を整備する町工場まちこうば。その景色に目を丸くして驚く三浦さん。僕も初来訪時は驚いた。


「そうみたいですね。衣笠家の住所は仙台市太白(たいはく)区ですから」


 何種かのセミが鳴き、トノサマバッタが走り幅跳びのように長く跳ねる畦道をゆく。胸の高さでは無数の緑が揺れる田んぼの上を、吹き下ろす風に乗るオニヤンマが悠然と滑っていった。前方数百メートル先には衣笠家が見える。僕はあそこが彼女の家だと、手を差し伸べて三浦さんに案内した。


「いいところですね。未来ちゃん、こんなところで育ったんだ」


「えぇ、横浜にいて大海原を見る機会はあっても、黄緑の海はなかなか見られませんから、尚更いいところだと感じます。素直な子が育ちそうな環境だ」


「え、えぇ、そ、そうですね」


 三浦さんはあからさまに顔を引き攣らせているが、理由がわからない。


「どうしました?」


「あの、クマさんが」


 あぁ、クマか。


 よく見ると、田んぼと田んぼの間の深い水路をクマが歩いている。僕らとの距離は右に百メートルほど。


「大丈夫ですよ、あのクマさんは衣笠さんのお友だちです」


「そうなんですか、良かった、未来ちゃんのお友だちなら大丈夫ね」


 この人、衣笠さんがクマと友だちだという信じ難い事実をすんなり受け入れた。呑み込みが早くて助かる。


 衣笠家まで50メートルの地点で玄関の扉がバッと開き、彼女が姿を見せた。


「あ、未来ちゃん」


 気付いた三浦さんは、しかし祖父を亡くした状況下で笑顔は見せず、小さく手を振った。


「わあ! 早く! 早くうちに入ってください!」


 衣笠さんの顔は青褪めている。彼女の視線は僕らの後方に焦点を合わせている。


 振り返ると、クマがとことことこちらへ駆け寄っていた。まるで子猫や小さな犬のようだ。


 僕は察した。


 あのクマ、衣笠さんの友だちではないな。

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