新幹線はやて号
『ご乗車ありがとうございます。8時32分発、臨時列車はやて331号、新青森行きです』
東京駅で発車を待つ新幹線『はやて』の車内では、ドアが開いて間もなく高齢者たちの酒盛りが始まった。
「すみません、この電車、グリーン車は二人並んで席を取れず、グランクラスは連結されていなくて」
三浦さんは山側の窓側E席、僕は通路側のD席に着席。いくつかの列車を照会したところ、この列車の先頭10号車、車両中央部付近が辛うじて空いていた。
「いいえ、一人でしたら正直困りましたけど、本牧さんがいっしょなら、気が紛れますので」
三浦さんの文言からして、彼女は大衆酒場に興味はありつつも、電車など酒場でない場所でどんちゃん騒ぎは嫌うのだと察した。僕も同じだ。
7時45分に東京駅の東海道線7、8番線ホームで落ち合った僕と三浦さん。土曜日とあって行楽客の多い駅や列車。喪服を纏った僕らはその浮かれた雰囲気の中で明らかに浮いている。しかもこの『はやて』に充当された車両は旧型で、シートモケットがカラフルかつ鮮やか。青や紫、黄緑、赤茶色などのマーブル模様の座席がランダムに配置されている。初代新幹線車両の薄暗いインテリアを一新し、高揚感を誘う設計になっている。
「お弁当、コーヒー、アイスクリーム、お土産品として崎陽軒のシウマイはいかがですか~」
東京駅を発車して十数分後、どんちゃん騒ぎの列車は荒川を渡って東京都から埼玉県に入った。建物が急に低くなり、住宅地のところどころに畑がある。前回泣き濡れた衣笠さんとともにここを通過した際と同様に、今回もこのタイミングで車内販売が来た。
「すみません、アイスコーヒーふたつお願いします」
僕の横を通り掛かった車内販売員の女性を呼び止めた。三浦さんには事前にコーヒーを注文する旨を話し、彼女も飲みたいと言った。
「かしこまりました」
「あの、バニラのアイスクリームもお願いいたします。本牧さんもいかがですか」
横で少し躊躇いがちに追加注文をした三浦さん。このひとけっこうかわいい。
「じゃあふたつ、お願いします」
「かしこまりました」
割引券は前回で使い果たしたので通常価格の支払いかと思いきや、三浦さんがチケットホルダーからおもむろにそれを取り出し、そのまま彼女のクレジットカードで支払いを済ませた。
「ありがとうございました」
一礼して重量感あるワゴンを押し始めた販売員に、僕らは「ありがとうございます」と揃って一礼。
「私、一人で新幹線に乗るときは隣に人が座らなければ必ずアイスクリームをいただくんです」
「そうなんですか。このアイス、とても濃厚だからなかなかやわらかくならないんですよね」
嬉しそうに語る彼女に、僕はコーヒーとアイス代として千円札を一枚差し出した。
「えぇ、この待っている時間もまた楽しいのよね」
うきうきな表情で言いながら、彼女は小さく手を振って僕の差し出した札を拒んだ。僕は素直に札を自らの財布に戻した。
「ありがとうございます。いただきます」
「うん。なんだかレジャーみたいになってしまったわね」
「確かに。衣笠さんのお祖父さんはどんちゃん騒ぎが好きな方なので、あまりしんみりするのも好ましくないとは思いますが……」
「んんん……」
「まぁ、色々渦巻くものがあるのはわかりますが」
「いじわるな人ね」
「よく言われます」
「そう思った。アイス、早くやわらかくならないかしら」
「硬い状態で食べるのも美味しいですよ。固形感があってじっくり味わえますよ」
「前にスプーン折っちゃったの」
「僕も折りそうになりました」
付属のスプーンは透明のプラスチック製。くびれがなく尖端部分が彫刻刀のように薄く平たい。サイドにはエッジがあって折れにくくなっている。
ようやくアイスに手をつけたのは、大宮駅を出て速度が2百キロ以上に達したころ。窓の外はすっかり田園風景に様変わりしていた。
仙台駅到着まで1時間を切っている。徹夜勤務による連日の寝不足でからだが重く、普段見られない長閑な景色を満喫する余裕さえない。しかしどんちゃん騒ぎやPCのキーを叩く音など、不快音は染み入るように脳や胸に響く。これが限界を超えると暴力や自殺、過労死に至るのだろう。
僕は三浦さんより早くアイスを食べ終え、コーヒーを啜ったものの宇都宮駅を通過した辺りから意識が遠退いた。




