ほうじ茶『白露』
「あの、すみません、ご覧の通りボロ家で。よろしければ腰を下ろしてください」
居間に卓袱台。テレビは32インチと普通サイズ。
ディープな大船の一角にあるボロアパートに山手育ちのお嬢様を泊めるのはだいぶ気が引けたが、人肌恋しいからどうしてもということで仕方なく泊めることにした。
「素敵なお家じゃないですか。畳の香りと座布団、お言葉に甘えて座らせていただきます」
両者卓袱台に向かい合って座布団に腰を下ろす。まず卓袱台に置いてあったリモコンでエアコンを起動。続いて並べて置いてあるテレビのリモコンに持ち替え、電源ボタンを押した。
三浦さんの表情にお世辞や偽りは感じられず、物珍しいのか目を光らせている。
僕もそれなりの家庭の育ちだが、仕送りは一切なく、自分の収入だけで暮らすにはこのレベルの部屋しかないと現実を突き付けられたときは絶望感に苛まれた。
三浦さんも、いざここに住むとなったら血の気が引くだろうか。
「はい。僕、ちょっとやることがあるので少々この場を離れますね。テレビ、好きなチャンネル見ててください。CSやBSは映りませんが。エアコンの温度設定もご自由にどうぞ」
「ありがとうございます。んー、この時間、何やってたかしら」
言い残し、僕は台所の乾燥機から食器を食器棚に戻し、替わりに急須を出してほうじ茶を濃いめに淹れる。電気ポッドがあって良かった。
ほうじ茶『白露』。シンガーソングライターの桑田佳祐氏の幼馴染みが経営する茅ヶ崎のサザン通りに構える商店『小林園』で販売している、天皇皇后両陛下にも献上された高級品。8月2日、僕の誕生日にサザン通り付近に住む成城さんがくれたのだが、雑味がなく深みがある洗練された味わいで、疲れたときに2、3杯飲んでからシャワーを少し長めに浴びると頭が冴え、とても気に入っている。これなら三浦さんにも自信を持って出せる。
三浦さんはテレビに内蔵されている番組表機能を起動し、選局に悩んでいる様子。結局、カジュアルなニュース番組に落ち着いた。
「わざわざお茶まで、お心遣い本当にありがとうございます」
「いえいえ、このほうじ茶、成城からいただいたのですが、とても美味しいんですよ」
「そうなんですか。成城さん、とてもお目が高そうですものね」
自分用の湯呑みと、使いどきが来るかわからなかった来客用の湯呑みに、交互に茶を注ぐ。色はペットボトルや飲食店で出されるほうじ茶よりずっと濃い焦げ茶色。それでありながら透き通っていて、見た目からも質の高さがわかる。
「美味しい。深みがあって、ほっとする味わいですね」
「えぇ、個人的には、昭和の家庭ってこんな感じだったのかなと思いながらしみじみ飲んでいます」
「そうですね。ドラマで見るような昭和のお茶の間。私は洋館の多い街に育ったからか、こうした日本の良さにはなかなか気付けず、たまにこうして和風のお宅におじゃまさせていただいたり、鰻屋さんでお食事をしたときなどに、和の美と和みを肌で感じます」
僕らはしばらく他愛ない会話をして、じきに意識が遠退き、その場で倒れ眠ってしまった。
お読みいただき誠にありがとうございます。
来週は〆切の近い原稿を執筆するため休載させていただきます。
お茶やお店に関しましては茅ヶ崎サザン通りにある小林園の店主様から許可をいただいての掲載です。




