泊めていただけませんか?
三浦さんの過去、男の僕がそれをどこまで理解できているかと問われると、いくら想像しても足りないだろう。簡潔にいえば大学時代、男の玩具として扱われたということだが、そんなことをあまり馴染みのない僕なんかによく話してくれたと思う。
いや、馴染みがないから、僕が衣笠さんを好いていると三浦さんは勘付いているだろうから、生涯最愛の男になる可能性はなく、尚且つ女性関係にまつわる不潔なステージを卒業した男だから話してくれたとも考えられる。
女同士だと何が起きるかわからない。良からぬ噂を流布されかねない。男でもそれをしないとは言い切れないが、一個人の僕を信用してくれたのならば他言はしない。
三浦さんはその後一切の性的行為や接吻はしておらず、検査を受けたところ病気はもらっていなかったとのこと。
「ということで、私がお酒を呑むのは身を清める意味も兼ねているんです。もちろん飲酒による消毒効果などないとも承知ですが」
「なるほど、物理的な毒を滅するというよりは、下劣な欲望から滲み出る邪気とか穢れを祓う意味合いが大きいと」
「そう、かもしれませんね。それと、愚かだった過去の自分や、日々の閉塞感で自らが生み出した邪気を祓うというのも」
「自らの清算ですか」
「えぇ、お上手ですね」
「いえいえ、それほどでも」
僕が言うと、三浦さんはまどろみ穏やかに笑みを浮かべた。清楚な大人の女性のその表情は、容姿に相反して穢れを知らぬ少女のような真白を感じさせた。
深く考えずほいほいと出てきた僕の言葉で堆積したガラクタを少しの間でも退けられて、足の踏み場が出来たなら良きと思うが、僕はそこまで自惚れない。
それからしばし、僕らは無言で酒を啜った。
ふたりだけの呑み。互いに節度を持っているので深夜には及ばず、少なくとも僕は心地良い時間を過ごして店を出た。
「もう遅いのでホテルにでも泊まっていってください」
店の前で僕は三浦さんに万券を一枚差し出した。
深夜ではないが22時を過ぎ、女性の一人歩きはやや危険を伴う。とりわけ三浦さんは襲撃に対して大きな恐怖心を抱いているであろう。
「ありがとうございます。お気持ちだけ有難く頂戴いたします」
「僕は紙幣に心を込めました」
「強情ですね。そういうところ、未来ちゃんに似てる」
先ほどは彼女を『衣笠さん』と呼んでいた三浦さん。僕と打ち解けたからか、定かでないがファーストネームで呼んだ。
「ならその紙幣は今度お食事するときにでも使いましょう」
「うーん……」
僕も男。女性を襲いたくなる心理は知っている。それに襲撃は性的な目的のみではない。金銭、殺意、人には様々な感情が渦巻いている。男だって夜道は危険。
「ご納得いただけないようですね」
「えぇ、この国は言うほど平和じゃありませんから」
「ふふ、そうですね。なら、本牧さんのお宅に泊めていただけませんか?」




