小百合の片鱗
「うー、力が抜けるー」
「ほう」
居酒屋に来て20分。中ジョッキのビールを飲み干した三浦さんは辛口の日本酒を升ですーっと吸い込み、溶けるように卓に突っ伏した。
「あまり驚かれないのですね。衣笠さんは少し引いてたのに」
「人間ってそういうものじゃないですか。高貴で華やかな姿が全ての人間なんて、そう滅多にいるものではありません」
「ふぅん、本牧さんは私という存在がその他大勢と仰りたいのですか?」
「そう言っている時点で変わり者でしょう」
「えぇ、でも普段の華やかに見えるという姿も偽りない私です」
「はい、そのくらいは察してますよ」
「あ、トロ美味しい」
「トロか。うん、それは良かった」
「あ、ごめんなさい」
三浦さんが咄嗟に謝った理由は、僕が人身事故の救出作業に当たってから間もないからだ。鉄道人身傷害事故のことを『マグロ』と呼ぶが、ショッキングなので詳細の説明は控えたい。
「いえ、本当にイヤだったらきょうはお刺身を出す居酒屋には来ません。でも、事故直後にお刺身を食べられる自分には違和感を覚えています。鉄道員としては慣れとして受け入れられますし、他にもそういう人はけっこういますが、人間としてはどうだろうって、内部の人間だけではわからないことですから」
言うと、とろり惚けていた三浦さんの目に、少し力が宿ったように見えた。
「本牧さん」
「はい?」
「その違和感があるのなら、あなたはとても立派な方だと、私は思います。だって、そうじゃない鉄道員の方もいらっしゃるのでしょう?」
「えぇ、まぁ。でも比較論ではありませんので」
「うん、それは仰る通り。ならシンプルに、あなたはちゃんと人間の心を持っている。それでどうかしら?」
その言葉に、僕は黙り込んだ。じきに目が潤んできて、親指と人差し指で口を塞いだ。
「ずっと、不安だったのですね」
「……はい」
他者にはあまり弱みを見せたくないが、彼女は僕の患部をピンポイントで掬い取ってくれた。涙はこぼさなかったが、限界は近かった。
「うん、そうなんだ」
三浦さんは女神のような慈愛をはらんだ笑みをうっすら浮かべ、また一口酒を流した。
「ねぇ本牧さん、もし良かったら、私の話も聞いてくださる?」
「はい、もちろん」
「これは、誰にも話していなかったけれど……」
お読みいただき誠にありがとうございます。
先週は取材で仙台へ出掛けたため、休載とさせていただきました。




