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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会
134/334

小百合の片鱗

「うー、力が抜けるー」


「ほう」


 居酒屋に来て20分。中ジョッキのビールを飲み干した三浦さんは辛口の日本酒を升ですーっと吸い込み、溶けるように卓に突っ伏した。


「あまり驚かれないのですね。衣笠さんは少し引いてたのに」


「人間ってそういうものじゃないですか。高貴で華やかな姿が全ての人間なんて、そう滅多にいるものではありません」


「ふぅん、本牧さんは私という存在がその他大勢と仰りたいのですか?」


「そう言っている時点で変わり者でしょう」


「えぇ、でも普段の華やかに見えるという姿も偽りない私です」


「はい、そのくらいは察してますよ」


「あ、トロ美味しい」


「トロか。うん、それは良かった」


「あ、ごめんなさい」


 三浦さんが咄嗟に謝った理由は、僕が人身事故の救出作業に当たってから間もないからだ。鉄道人身傷害事故のことを『マグロ』と呼ぶが、ショッキングなので詳細の説明は控えたい。


「いえ、本当にイヤだったらきょうはお刺身を出す居酒屋には来ません。でも、事故直後にお刺身を食べられる自分には違和感を覚えています。鉄道員としては慣れとして受け入れられますし、他にもそういう人はけっこういますが、人間としてはどうだろうって、内部の人間だけではわからないことですから」


 言うと、とろり惚けていた三浦さんの目に、少し力が宿ったように見えた。


「本牧さん」


「はい?」


「その違和感があるのなら、あなたはとても立派な方だと、私は思います。だって、そうじゃない鉄道員の方もいらっしゃるのでしょう?」


「えぇ、まぁ。でも比較論ではありませんので」


「うん、それは仰る通り。ならシンプルに、あなたはちゃんと人間の心を持っている。それでどうかしら?」


 その言葉に、僕は黙り込んだ。じきに目が潤んできて、親指と人差し指で口を塞いだ。


「ずっと、不安だったのですね」


「……はい」


 他者にはあまり弱みを見せたくないが、彼女は僕の患部をピンポイントで掬い取ってくれた。涙はこぼさなかったが、限界は近かった。


「うん、そうなんだ」


 三浦さんは女神のような慈愛をはらんだ笑みをうっすら浮かべ、また一口酒を流した。


「ねぇ本牧さん、もし良かったら、私の話も聞いてくださる?」


「はい、もちろん」


「これは、誰にも話していなかったけれど……」

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 先週は取材で仙台へ出掛けたため、休載とさせていただきました。

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