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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会
132/334

感情のピース

『ただいま当駅にて人身事故が発生しております』


 松田さんの放送が響き渡る駅構内。上下線ともホームを閉鎖して、停車している電車の乗客に限っては駅からの出場を自由とし、入場は事故の現場検証を終え運転再開の目途が立つまで禁止。まもなく消防車、救急車、パトカーがけたたましくサイレンを鳴動させ到着。周囲は騒然となった。


 僕は久しぶりにヘルメットと作業着を纏い、慣れてきてしまった『救出活動』に出向いた。成城さんもいっしょだった。ベテラン、中堅、若手を織り交ぜ十人掛かりで行い、中には鉄道が好きで入社した百合丘さんの同期、入社一年目の男子もいた。


「大丈夫だよ。上手く言えないけど、なんていうのかな、とにかく大丈夫」


 いつかの僕のように泣きじゃくる彼を慰めていたのは、当該列車を運転していた鵠沼くげぬまくじら運転士。茅ヶ崎市出身、久里浜さんとは高校の同級生で29歳だが、彼は専門学校卒で入社したため、会社では高卒入社の彼女より2年後輩。とはいえ同級生。お互い気兼ねなく和気藹々としている。


 かつては鵠沼さんも久里浜さんと同じ県外支社の駅や運輸区に勤務していたが、車掌時代に当地で発生した殺人事件により客足が減少、自治体や警察が事件をぞんざいに扱った噂がネットで広がり悪評が定着したため客足の回復は見込めず、結果列車を減便せざるを得なくなり、人口増加が続くこちらへ転勤となった一人。久里浜さんほか多数の社員が同時期に転勤となった。


 人身事故発生から1時間後、列車は上下線で運転を再開。停車していた2本の列車は互いにプワアアンと長く警笛を鳴らし同時発車。緩やかに加速していった。


 監視カメラの映像を確認したところ、スマートフォンを操作しながら歩いていた男性がホームの端から線路に転落。その直後に列車が滑り込んで来た。触車時の速度は時速30キロほどだったが、目の前で転落されては非常ブレーキをかけても間に合う筈がなかった。


 新人は塞ぎ込み、中堅、ベテラン勢は「また歩きスマホかよふざけんな」と怒りを露わに。成城さんはポーカーフェイスで沈黙していた。


 僕はというと、衣笠さんのお祖父さんのことを考えていた。


 休憩室で流れているワイドショーの内容が耳に入ってこない。


 僕はいつから死との対峙に慣れたのだろう。今回の事故で霊体は見えなかったが、命が失われたに変わりはない。ただ悲しみの程度は幼少期に見た羽化したばかりのセミが飛び立ち、近くの道路に着地、そのすぐ後にセダンに潰されたときより遥かに小さい。むしろ歩きスマホにより他の人が事故に巻き込まれなくて良かったと安堵感さえ思っている。


 この発想は合理的とは思うが、薄情だろうか。


 そして、酒を酌み交わした人の、大切な人の親族の死をも冷静に受け入れている自分は、人間としてあるべき感情のピースを欠け落としてしまってはいないだろうか。

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