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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会
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大切な人を失ったふるさと2

 衣笠家の玄関で僕らを出迎えてくれたのは、夫を亡くしたばかりのお祖母さんだった。


「おやおや二人揃ってよく来てくださいました」


 朗らかに笑んで僕らを中へ促すさまは、前回会ったときと変わらぬ雰囲気。家の中に響く音はテレビだけで、妙な静けさが家屋全体を支配している。


 わっ……。


 目が合ってしまった。


 お祖母さんの背後にお祖父さんの霊体が浮いていて「おっ、あんたも来たか」とハッキリ言ったのだが、僕以外には聞こえていないようだ。


 ここで僕の霊能力をひけらかすのは如何なものかと思い、僕はお祖母さんと衣笠さんに不審に思われないよう1、2センチ程度頭部を上下動させ首肯した。


「この度は、本当にお悔やみ申し上げます」


 まさか背後にいるとは思っていないだろうなと思いつつ、僕は月並みな言葉を発し、恐る恐る手に持っていた鳩サブレーの紙袋をお祖母さんに手渡した。


「おやおやそんなお気遣いいただいて」


「いえいえ、地元の美味しいものをお伝えしたくて」


「そうかいそうかい。じゃあ宮城こっちの美味しいものも食べてもらわにゃねぇ」


「あの、ばぁちゃん、お父さんとお母さんは?」


 意外なことに、衣笠さんが気にしていたのはお祖父さんの遺体ではなく、両親の留守だった。買い物にでも出ているのか、二人の気配はない。


 彼女の問いに、お祖母さんは躊躇いがちに


「仕事に出かけたよ」


 と消え入るような声で答えた。


 ちょっと待った、どういうことだ。親族が亡くなった場合は忌引きびきとなるはずだが、なぜ仕事に出ている?


 同じことを思っているのだろう。お祖母さんの言葉を聞いた衣笠さんは黒いヒールを脱がないまま、鼻で大きく息を吐き俯いた。


「どうして。お父さんなんか、肉親なのに、どうして……」


 言いながらも、彼女の表情、言葉の波動、醸し出しているオーラは「やっぱりそうか」と、想定内を主張していた。


 同じ場面が訪れたら僕の両親も仕事に出かけそうだとそのとき思った。


 お祖父さんの霊体はいつの間にか姿を消していたが、家の中にはいるだろう。


 僕はいま、お祖父さんが亡くなった悔やみより、どうして衣笠さんの両親が仕事に出かけたのかという疑問に駆られている。仕事は休ませてくれないのか、本人たちにとって休むほどのことでもないのか。


「さぁ、お上がりね」


 僕と衣笠さんはようやく靴を脱ぎ、そのまま客間と仏間を兼ねた広間に通された。


 冷房が効いているが、そこにはふっくらと暖かそうな盛り上がった布団をかけられた亡骸なきがらが、顔に布も被されずに在った。


 ついこの前まで大騒ぎして全身をおっぴろげていた彼のからだは、眠っていても正直うるさかったあの頃が嘘のように仰向けで姿勢よく、シュッと小さくなっている。


 死とはそういうものだ。


 あぁ、いやだ、こういう自分。


 職業柄、数時間どころかたったいままでピンピン生きていた人が静かに、微動だにしなくなるさまは何度か見ている。電車と接触したからといって、全員が見るも無惨な姿になるわけではなく、少々の出血で打ちどころ悪く亡くなる場合もある。


「じいちゃん、じいちゃん……」


 覚悟を決める間もなく対面となった衣笠さんは、もうそこにはいないお祖父さんの手を握り、目をぎゅっと閉じ、鼻を膨れさせ、ぶるぶると泣き崩れた。


「穏やかな表情かおをしているでしょう。老衰ろうすいだったのよ」


 お祖母さんのその言葉に、衣笠さんは頷いた。きっと大船にいるとき電話口でも云われたのだろう。


 老衰。それはからだが寿命を全うし、病でも負傷でもなく眠るように息を引き取る、理想の旅立ち。僕もこうして旅立ちたい。


 そうか、それは良かったと、僕は内心で安堵し、不謹慎かもしれないが歓喜の情が込み上げてきた。


 戦争の時代を生き抜き、その後も決して平和とはいえない殺伐とした世間を渡り歩き、未曾有の大震災に襲われた。こんな危険な世にいながら、寿命を全うできた。なんて素晴らしいことだろう。


 人の冷たさや醜さを知り、危険な目にも遭い、世の中のことをある程度理解し始めている僕は、そう論理的な解釈をした。けれどそれはあくまでも僕が、見ている感じだとお祖母さんもそうできただけの話であって、彼女はそうもゆかないようだ。無論、お祖父さんを失った悲しみだけが渦巻いているわけでもあるまい。彼女からは確かに、失望も感じられる。


 夜、明日は仕事の僕は次の休日シフトに被っていた告別式の日に再び訪れる約束をし、一人トンボ返り。


 闇夜の閃光と化したはやぶさ号の車窓からは、平野に広がる無数の田畑と山々が地球の広さと、ヒトという存在のちっぽけさを嫌が応でも実感させられた。


 世界ではいまこの瞬間も、いくつもの命が生まれては消えている。この列車のノーズには、まだ茶色く変色していない、赤い鳥の血と翅が付着していた。


 おそらく6年後の僕も、いつかの皆も、例外なく世界から消えてゆく。


 論理的解釈はできるけど、僕はその事実に少しばかりの恐怖心を覚えた。

 お読みいただき誠にありがとうございます。


 あの日から7年。東北の現状は希望もありながら、まだまだ失意にあふれているようです。


 震災から5年が経とうとしていたある日もまだ玄関タイルだけが残った被災家屋が残っており、都市部と比べると随分とゆっくりとした歩みと言わざるを得ない状況でした。


 私にできることは被災地に出掛けてお金を落としたり、あわよくば本作が何らかの力になれたらいいなとも思っております。

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