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女神の空虚

 ウエディングプランナーに曜日など関係なく、特定の社員と休日が重なりにくいため、夜の付き合いは平日のみ勤務の職場と比べると希薄になりがち。入社から3ヶ月弱経過したしとしと雨の夜、私は3歳上の上司でトッププランナー候補の小百合さんと初めて二人でお酒を飲むことになり、勤務先から二駅ほど離れた大きな街の居酒屋チェーンに入店した。お上品な小百合さんのことだから落ち着いた店が好きなのかと思いきや、最近はこういった馴染みのない店にハマっているらしい。


 私より若そうで元気な女性店員さんに案内され、個室へ移動中、勤務先最寄駅の係員、本牧さんが同年代くらいの男性と盛り上がっているところに遭遇した。二人の会話が少々耳に入ってしまい、異性との交際経験のない私はその内容に戸惑いを覚えたけれど、きっと大人としてはごく自然な会話で、気の揺らぎを悟られぬよう、努めて普段通りの挨拶を心掛けた。


「こちら、入社初日に線路に転落した私を救助してくださった駅員さんです」


 入社初日に迷惑を掛けてしまい、会社としてもお世話になっていることから、私は小百合さんに本牧さんを紹介した。


「左様でございましたか。わたくし、衣笠と共に業務に当たっております、ルゥルーコーポレーションの三浦と申します。その節は大変お世話になりました」


 三浦さんは、本牧さんと、お連れさまそれぞれに最敬礼をして名刺を渡した。本牧さんは、「いえいえとんでもございません。私、日本総合鉄道にほんそうごうてつどうの本牧と申します。衣笠さんに後遺症がないようで何よりです」と、少し慌てた様子で三浦さんに名刺を差し出し、お連れさまも「あ、はい、どうも」と、それに続いた。


 二人の名刺を受け取り、「それでは失礼させていただきます」と会釈した三浦さんは、私たちの案内途中に足止めしてしまった店員さんに「お待たせしてしまい、申し訳ございません」とお詫びをして、隣の個室へ入り、鞄を下ろすと、私の合意の上で生ビールの中ジョッキを2杯注文した。高貴なイメージの三浦さんはてっきりワインを注文すると予想していたので、ちょっと意外だった。いや、ここは敢えてのビールか。


「ふふ、あのお二方、お酒のせいか声が大きくて、少しだけ会話が聞こえてしまったわね」


「ははは、会社に入ってから、男性に対する免疫が少しずつ付いてきたつもりでしたが、真面目な本牧さんもああいう会話をするんだなって、ちょっとびっくりしました」


 小百合と未来は、互いに声のトーンを少し下げて言葉を交わした。


「そう。確かに本牧さん、うちの社員よりは紳士的な印象だったわね。でも人間だもの。そういったお話が好きなのはごく自然なことだし、それに、私も実はお二方の会話の内容と似通った悩みを抱えているわ」


「え?」


 耳を疑った。三浦さんといえば、お店ではもちろん、全社的にも上位クラスのプランナー。私には計り知れないほどの徳があり、溢れるほどの愛を知っているものと思い込んでいたけれど、それは違うのかな? お客さまにも社員にも華やかな笑顔を向けてくれる、女神のような女性。それが私の中での三浦さん。きっと、大切な人にはもっと慈愛に満ちているであろうと、勝手に想像を膨らませていた。


「お待たせいたしました! 中ジョッキお二つでございます!」


 私の思考を遮るように、店員さんがジョッキを運んできてくれた。私の脳内で妄想のシナリオが進行し、夜の恥ずかしい姿を妄想しかけていたから、ナイスタイミングだったのかもしれない。私たちは揃って「ありがとうございます」と店員さんに告げ、乾杯をして私は一口、三浦さんはジョッキ内の約8割を、ビールと一緒に他の何かも飲み込むような面持ちで流し込んだ。


「高校生になってから、私の周りにはやたらと男の子が集まるようになったの。人生で二度あるというモテ期というものが訪れたのね」


 お酒の力で高が外れたのか、三浦さんは遠くをぼんやり眺めるような虚ろな目を左斜めに向けて、語り始めた。

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