大切な人を失ったふるさと
報せを聞いた衣笠さんは僕の胸板に顔を押し付け、ぐすぐすと嗚咽を漏らしていた。僕はその背中と頭を撫で、時を過ごした。悲しみの雨とは裏腹に、外では太陽がぎらぎら輝き、光化学スモッグ警報が発令された。冷房の効いた部屋にいるから実感はないが、セミが大人しくなるくらい暑いようだ。
涙が枯れるまで相当な時間を費やし、物理的に泣けなくなったところで彼女は「出かける準備、してきます」と自室に入った。
くそ、僕が帰省をもっと強く勧めていれば。同人誌の買い物を引き受けて、仙台までの列車のチケットを押し付けておけば。
僕はお祖父さんからもう長くないと予告されていたのに、何もできなかった。死を悟られない方法だってあった。
お盆だから帰ってください。
その一言で、彼女は最後にもう一度、生きた姿でお祖父さんに会えた。
今更悔やんでも次に活かすほかないが、こうして割り切れてしまう自分を淡白な人間だと思う。
大切な人を失った。あのとき会う機会があったのに。でも今更悔やんでも仕方ない。なら次にこのようなことが起きないよう、これからは会うようにする。
正しいが、何かが欠落している。その欠落している何かを埋められるものは方法論ではなく、包容であろう。だがそれも擦りむいた膝に貼った絆創膏くらいの効力で、失った傷が癒えて痛みなく歩き出せるようになるまでは、個人差はあれどいくらかの時間を要する。もちろん、なんのケアもないよりずっとマシだが。
10分ほどだろうか。彼女は思ったより早く自室から出てきた。着替えが入る程度の少し大きめの白い革製ハンドバッグと白いワイシャツ、黒いロングプリーツスカート姿。
マンションを出ると、冷却されたからだは一気に照り焼かれ、目眩がした。あまりの高温で呼吸が苦しい。
大船駅に着くと僕は券売機を素早く操作し、乗車券と新幹線特急券を彼女に手渡した。
「おいくらですか?」か細い声で訊ねる彼女に僕は「お代は要りませんから、その分お祖父さんの好物でも買ってください」と勧めた。
「うう、うああ……」
しまった。トリガーを引いてしまった。
彼女は人目をはばからず僕の肩に泣きついてきた。公衆は僕らに視線を送るが、酔い潰れて泣き付いたり叫ぶバカ女どもを介抱してきた僕は、その純粋な涙を恥とは思わないくらいの経験を積んでいる。強いて言うならば、気にしなくて良い恥だ。
これは一人にしたらまずいな。
僕は一度離れた券売機の前に再び立ち、彼女の席の隣を予約した。
彼女は普段、仙台以遠へ行く人に配慮して、停車駅が多く時間を要するやまびこ号の仙台行きで帰省するそうだが、今回ばかりは最速のこまち号を僕の独断で予約した。
座席は泣いても顔を見られにくい先頭17号車の最前列席。運転台のすぐ後ろにあり、デッキがないため人の出入りは基本的にその周辺に席を確保した乗客と巡回する乗務員や警備員、車内販売員のみ。更に運転台と時速320キロで走るために長く伸びたノーズがあるため客室が狭く、故に定員数が少ない。
大船駅から東京駅へ向かう途中の東海道線グリーン車内では2階の窓側席で一言も発せず俯いたままだった。
東京駅から新幹線に乗り換えたときは長らくの沈黙に気まずくなったか、気を紛らわすためか「赤いほうは初めて乗りました。座席が黄金色で綺麗ですね」と車両を誉め称えた。
赤いほうというのは、東北新幹線の列車は1から10号車までが緑色の青森または北海道へ向かう編成、11から17号車までが秋田へ向かう編成の2タイプが併結されているからだ。これまで衣笠さんは緑色の編成もしくは古いタイプの別車種を利用していたのだ。
僕は「そうですね。秋の稲穂をイメージしたインテリアになってます」と返すと彼女は「あ、だから客室とデッキの仕切り戸に稲穂のイラストがプリントされてるんですね」と、少々高揚気味に言った。空元気だろう。空元気を元空気と読み違えた者は恐らく同業者か鉄道ファンだ。
列車は東京駅を発車するとまもなく、旅の始まりを告げる電子ピアノのような音源の音楽が流れ、続いて自動の案内放送が二ヶ国語で流れる。この列車は東北新幹線だが、東海道山陽新幹線の英語放送は『魔法少女リリカルな○は』のなんとかの声優さんなんですよと百合丘さんが言っていた。
列車は東北本線の秋葉原駅横を通過すると地下に潜り、まもなく上野駅に停車。発車すると再び地上へ出て、高架を走る。再び音楽と案内放送が流れ、次の大宮駅までは最高時速130キロと、新幹線としては控えめな速度で進む。
並行する埼京線の浮間船渡駅を通過し、荒川を渡って埼玉県に入った。そろそろ車内販売のワゴンが来るころだ。
「コーヒーでも飲みますか。この季節はアイスしかないようですが」
「……はい」
1秒弱ほど置いて、衣笠さんは首肯した。
しかし静かな車両だ。東京駅と上野駅の乗車口に並んでいた人数からして席は僕らの対岸、海側席にも窓側に一人座っていて、全体の半分以上埋まっている。だが誰もイヤホンから音漏れをさせず、キーボードを叩く音も聞こえない、理想的な移動空間。加えてフェラーリのようなこの車両は走行音が従来車より格段に抑えられている。
ワゴンサービスのお姉さんが来ると、僕はコーヒーとスイーツのセットを注文し、ICカードで支払いを済ませた。
『ご乗車ありがとうございましたー。仙台~、仙台です』
構内放送が響くプラットホーム。コーヒーと、セットのパウンドケーキで大宮駅付近から約60分の間を持たせ、仙台駅に降り立った。列車はこの先、秋田、函館方面へと向かうが、旅客の半数前後は仙台で下車し、空席が目立つようになる。
到着後まもなく『青葉城恋唄』の切なげな発車メロディーが流れ、心の傷口に染み入って来る。大切な人を失ったふるさとで変わらず流れる、衣笠さんにとっては馴染みの楽曲。僕ら神奈川県出身者にとってはサザンや加山雄三、はたまたいきものががりやTUBEなどがそれに当たるだろう。
気の利いた言葉の一つもかけられないまま乗り込んだ路線バス。座席は半分ほど埋まっているが、地域性なのか乗車率同等程度の神奈川の路線バスより車内は静かで、運転士の喚呼する声と録音の案内放送がよく響く。
仙台駅のバスターミナル発車から約40分。少々の渋滞を抜けたバスは衣笠家最寄りの停留所に到着した。
ヒグラシの声が澄明に響く夕暮れ間近の畦道は、一足早い秋の訪れを感じさせる涼かな風が吹き撫で、稲や草、木々の葉を鳴らす。
家が見えてきた。あの中には、もう自ら動くことはない、お祖父さんがいる。




