突然の別れ
「おはようございます」
正午。髪ボサボサまぬけヅラ全開で客間から出てきた気品ある大人の女性を目指す衣笠さん。
同じ布団で一夜を共にした彼女だが、普段通りのオーラを漂わせ、特になんてこともなさそうだ。いや、平静を装っているのか?
「おはようございます」
「もうお昼ですね! お腹空いてませんか?」
なんて人想いで目覚めが良いのだろう。髪はボサボサのままだが、まぬけヅラは瞬時にドジっ子ヅラへフォームチェンジした。
「日頃から携帯しているカロリーメイトでしのぎました」
「食べるケータイですね! ……じゃなくて、すみません! 申し訳ない!」
髪ボッサボサで手を合わせ僕を拝む衣笠さん。この感じ、悪くない。
「いえいえ、それより、衣笠さんが薦めてくれたアイドルアニメ、動画サイトで見ましたよ」
「おお! どっ、どうでした?」
僕が如何なる感想を述べるか、衣笠さんはまるで自分が制作したアニメの評価をもらうように口を窄め、目を潤ませ固唾を飲んでいた。
彼女の心情を鑑み、僕は「すごく面白かったです」と前置きした上で、こう述べた。
「キャラクターや背景、小道具などの演出はキラキラ可愛く描かれている一方で、裏側の泥臭い場面や前を向いて進む姿勢がしっかり描かれている。これはぜひ大人にも見て欲しい作品だと思いました」
嘘偽りない本音だ。お世辞を述べる必要はなく、言葉選びに困らなかった。
「でしょう!? 視野の広い本牧さんならわかってくれると思いました! アニメは大人になってから見ると結構面白いんです!」
「本当にそうですね。僕はビジネス関係の番組やニュース番組に偏って、多くの人は大人になるとバラエティーやお笑い番組を中心に見るようになりますが、アニメも多くの大人が普段視聴する番組に加えていいと思いました。あのアニメには思考や物事を柔軟に捉えるヒントがたくさんあって、本当に実用的だと」
「そ、そ、そうですね! 柔軟になりますよーお! 私はそれを伝えたかった!」
思考から発言までの時間を要しているのか、衣笠さんは言葉を詰まらせた。なんでも仕事や哲学に結び付けてしまう僕の癖が彼女を戸惑わせてしまったようだ。
「はい、しっかり伝わりましたよ。また見ようと思います」
「そうですか! それは何より! さて、お昼ですね。作り置きがないので出前を取りましょう! スマホ自室に置いてある気がするのでちょっと行ってきます。テレビでも観ててください!」
置いてある‘気がする’とは、つまりどこに置いたか覚えていないということか。
「わかりました」
衣笠さんが自室に入り、僕は再びテレビを点けた。昼のワイドショーはまたも聞き飽きた不倫報道を特集している。午前中に目覚めたときも別番組でこの特集をしていた。他に放送すべきことがあるだろうと辟易しながらチャンネルを変えてみる。いくつかは同じ特集で、ショッピングや料理番組を放送している局もあった。
『ちょーっと待ってください! なんと、なんとなんと! 今から30分以内にお電話いただいた方限定で、布団クリーナーと空気清浄機をセットでお付けします! もちろんお値段そのまま! 税込3万9千8百円! 送料金利手数料は当社負担! さーあ今すぐお電話ください!』
なんだこの布団圧縮袋セット! なんという破格! だが圧縮袋単品でこの値段なら高い!
すっかりショッピングに見入ってしまったが、彼女は部屋に入ったきり出てこない。大量の着信履歴があって、慌てて折り返し電話をしている気がする。僕の第六感がそう言っている。
それは的中した。
やっと部屋から出てきた彼女は、両手をぶらり垂らし、右に握るスマートフォンは今にも落下しそう。
それだけじゃない、全身脱力して、口を僅かに開き死んだ魚の眼をしている。先ほどまでのハイテンションが嘘のようだ。
何が起きたか、僕は理解した。だから敢えて、何も訊かない。言いたくない。認めたくないことだろうから。
「じいちゃんが、亡くなった、みたい、です……」
消え入るような口調で彼女が搾り出した言葉は、僕の予想通りだった。
僕は俯いて鼻息を漏らし、すんなり現実を受け入れた。




