非ヲタ男、アイドルアニメを見る
テレビを見飽きた僕は電源を切り、黒くなった画面には鏡と化して僕や部屋を映した。
ズボンの右ポケットからスマートフォンを、左ポケットからイヤホンの入ったマグネット式イヤホン袋を取り出した。充電させてもらったおかげでどちらも電池残量百パーセントだ。イヤホンをスマートフォンに接続すると、スピーカーから『イヤホンが接続されました。音楽を聴きながら街を歩くといつもと違った世界が見えますね』とスマートフォンが話しかけてきた。
「何度も言うけど、イヤホンを装着して外を出歩いたら危険だよ」
いや本当に、イヤホンを装着したまま街を歩く人はよくいるが、そのために犯罪や事故に遭うなんてことはよくある話。事故には鉄道人身傷害事故も含まれる。不注意による事故は、とても償いきれないほど多くの人の迷惑、憎悪とトラウマを生む。
傍から見れば独り言のようにAIと会話した僕は、続いてテレビ番組の最新回を無料で合法的に見られるアプリを起動した。
検索バーに衣笠さんから勧められたアニメのタイトルを入力。当該番組はすぐに出てきたので、さっそく視聴開始。
女子中高生がアイドル養成学校に通い、アイドル活動をするアニメなのだが、これでもかと言わんばかりに画面がキラキラしていて、華やかさ抜群。こんど始まる新シリーズでは仙台出身の声優がメインヒロインを担当するらしく、衣笠さんはそれを興奮気味に語っていた。
見覚えのある笑顔が眩しい美少女キャラクターたち。駅の休憩室にあるテレビでたまに映っているアニメだ。百合丘さんがデータ放送のジャンケンゲームで遊んでいる。たまに松田さんも。
彼は特撮ドラマにも詳しく、駅事務室で迷子を預かっているときは会話が途切れない。迷子の不安感を紛らわす点では松田さん、百合丘さん、成城さんはとても長けている。思えば僕も衣笠さんから勧められる前に子どもの流行を押さえておけば良かった。
『憧れは次の憧れを生む。綺麗なものばかり見るのではなく、自分に降りかかって来た全部を受け止め、やがて笑って話せるような過去にして、輝く未来へと進もう』という趣旨のオープニング主題歌が流れた後、サブタイトルの提示から本編へ移った。
子ども向けアニメにしては、いや、某アンパンの主題歌からもわかるように子ども向けだからだろうか。大人でも忘れがちだったりなかなかできないことを力強く、しかしポップに歌い上げた主題歌だ。
普段報道番組や世間一般では小難しいと言われる書物にばかり触れている僕には、軽やかなのに胸にずっしりと落とし込まれる不思議な感覚を覚えた。
自分に降りかかって来た全部を受け止める、か……。
僕は思わず息を呑んだ。
世の中には想像を絶する悲しみや苦しみが星の数ほどある。災害、事件事故、人間関係その他色々。
おっと、思考に夢中で本編を流し見していた。
25分後、次回予告まで見終えた。なんというアニメだろう。端的に言えばリアルだ。
作中にはライバル関係にある二つの学園が登場する。メインキャラクターたちが在籍する学園は、ランク分けは当然あるが、アイドル一人ひとりが助け合い、ステージに立ったりドラマに出演したりと、それぞれが個性を発揮して輝くというスタンス。
一方、もう一つの学園では女王的存在のアイドル(以下、女王)が牛耳り、他のアイドルは彼女のためにステージその他の芸能活動をする。女王に能力の低いと見なされた者は容赦なく切り捨てられる。
僕は後者の方針を好まないが、作中ではこれも一つのやりかたとして認める描写がある。
僕は思った。やさしさ、強さ、向上心、その先にある輝き。難しい本に書かれていることも、アニメで語られることも基礎は同じだと。理解の可否は受け手次第だが、人間の根幹的な部分を学ぶチャンスは、色眼鏡を外せばそこかしこに見つかるものだと。
僕が好きな小難しいものは堅物向け、衣笠さんたちが見るアニメは子どもやオタク向けという社会通念があり、食わず嫌いが多い。しかし実際に触れてみたら、とても興味深く、アニメはエンターテインメントとしても純粋に面白かった。
そして僕はウエディングや仙台に続き、衣笠さんの世界をまた一つ知れた。言い換えれば、他者の人生を垣間見れたのだ。
自分とは異なるタイプの彼女だから、新たな世界が見られた。そんな知的好奇心をくすぐられつつ、もちろん僕が彼女を本当に好く第一の部分も忘れてはいなかった。
お読みいただき誠にありがとうございます。
通常毎週日曜日の更新ですが、本日は臨時の追加更新とさせていただきました。
 




