同人誌を見られた!
浴室に戻ったとき、本牧さんは相変わらずバスタブに浸かったまま縁に両腕を折り重ね項垂れていた。
いけない、私が気を利かせていれば……!
「すみません、今からでも追い炊きしてください!」
「いえそんな勿体ない。でも温まりたい気はあるので、飲んだらシャワーを浴びたいです」
「あっ、はい! いくらでもどうぞ!」
言って私が二つのコップに分けて入れた水とスポーツドリンクを手渡すと、彼は先ずスポーツドリンクから一気飲みした。
「すみません、おかわりいただいてもいいですか」
「もちろん! すぐ持ってきますね!」
リビングから2リットルペットボトル入りの水とスポーツドリンクを運び、はいじゃんじゃん、はいどんどんと飲ませた。
いくら脱水だからって、がぶ飲みして大丈夫かな?
本牧さんの症状が落ち着いてきたところで私は浴室の扉を閉め、彼が転倒せずバスタブから出て無事にシャワーを浴びるまで耳で確認してから2本のペットボトルを持って脱衣所を出た。ペットボトルは往路よりだいぶ軽くなっていた。
◇◇◇
命拾いをした。
もしあのままバスタブで眠っていたら、知らぬ間にお陀仏になっていた可能性もある。
本当に人生、どこで何が起きるかわからない。
いや、今回の脱水症状は想定の範囲内ではあったが、まさか本当にそうなってしまうとは。
鉄道員は危機管理のプロだが、完璧とはいえない。
脱水症状を起こしてからだはクラクラするが、身軽だ。
僕は寝間着に袖を通しながら、温浴効果を実感していた。狭いバスタブにすら浸からずシャワーのみで済ます日が多いから、余計にこの幸福感を噛み締められる。
くそ、こんなに近くに月7万円で暮らせる部屋があるのなら、彼女が仙台から下りてくる前に僕が押さえておけば良かった。
と、悔いはしたが、やはりこの部屋は、多くの人を迎え入れたいという彼女のためにあるのだと思う。
ふらつきながら脱衣所を出てリビングへ戻ると、衣笠さんは僕が使用した2つと彼女自身が使ったコップを洗っているところだった。
「ありがとうございます。いいお湯もドリンクも」
改めて礼を言った。
「いえいえ、私こそもっと早く気付いていれば最後まで快適な入浴ができたのに申し訳ないです」
「ああ、本当にいい子だ」
「ん?」
と、彼女はレバーを下ろして流れる水を止めながら首を傾げたので、僕は敢えてそれ以上語らずソファーの前へ移動し、ドスンと下品な座りかたにならぬようゆっくり腰を下ろした。
テーブルには綺麗なお姉さんのイラスト集というジャンルの同人誌が十冊近く無造作に置いてある。一見だらしなく見えるが、表紙に描かれているお姉さんの全身が他の同人誌と重ならないよう計算して置かれている。
「わぁしまった! 同人誌しまい忘れてた!」
だろうなと思った。彼女の慌てぶりは、エロ本をしまい忘れた男子中高生に近い。
「お姉さん、好きなんですか?」
「え、えぇ、まぁ、バレてしまったものは仕方ない。白状します」
それから僕は幾らかの時間、彼女の趣味その他について聞かされることになる。




