プラトニックはまだ知らない
ホタル観賞から2週間弱が経過し、すっかり梅雨の真只中。
雨が降ると、いつも頭の片隅にいる衣笠さんを強く思い出す。衣笠さんの一件から約2ヶ月半、年々時が過ぎるのを早く感じるようになっている。1時間ほど残業をして日勤勤務を19時に終えた僕は、駅近くの居酒屋チェーンで同期入社の川村直広と飲み会をすることになった。少し離れた駅で勤務する直広と会うのは1月初旬以来、約5ヶ月ぶりだ。
木製のテーブル個室で向かい合わせになり、とりあえずビールで乾杯すると、ぐびぐびとジョッキ半分ほどを流し込んだ。僕の視界にはジョッキを空にして一息つく直広と、竹格子越しに隣の個室でドンチャン騒ぎをする男子大学生と思しき4人が在る。
「なぁ、俺さ、彼女できたんだけど、人を好きになるってどういうことなんだろう」
よくあるパターンだ。僕にも同じ経験はある。学生時代はそれなりに好みの容姿で、それなりに気の合う女子となんとなく付き合い、長持ちせず別れる。それを何度繰り返しただろうか。
女遊びを一通り経験した現在では、すっかり恋の炎が燃焼しにくくなってしまった。それは本当に大切と思えるパートナーと確実に結びつくためには良いが、同性との友情や慣れ合いでは得られない独特の温もりに飢えるのだ。
そもそも本物の異性愛を知らない僕らにとってそれは、まだ妄想の情でしかないが、不意に襲い来る寂しさを少しでも紛らわすために慎重さを欠いた交際をしたり、成人してからは風俗店に通ったりもするのだ。
「どうなんだろう。実際のところ、世の人の殆どがそれを知らずに一生を終えるのかもしれないな。ある程度気が合ったり、これ以上の人は見付からないと思って妥協したり、はたまた恋の病で結婚してから暫くは盲目だけど、徐々に色んなものが見えてきて、あぁ、なんでこの人と結婚したんだっけって後悔したり」
「結婚っていうのはそういうもんなんじゃないの? 最初のうちは熱くても、いつか冷めるんだよ。お互いに飽きちゃったりもするだろうし。理想を追い求めるあまりに結婚できなくなるくらいなら、妥協も必要だと俺は思う」
「それも一理あるけど、仕事仲間とは違う意味で人生を支え合う関係だし、疲れ切った心身で帰る場所を同じくするなら、一緒にいて心地良くありたいじゃん。でもちょっと意外だった。たった今までの川村の印象は、彼女いるのに風俗店行こうとか言い出すあたり、女を性欲処理機としか思ってないような印象だったから、こいつプラトニックになれないのかなって、心底蔑んだ目で見てた」
「彼女だけじゃ飽きるんだよ。愛のない行為をしてたのは否定しないけど、それは本牧だって一緒でしょ?」
「確かに、これまで愛のある行為なんて経験ないよ」
「あ、本牧さん、こんばんは!」
なんというタイミングだ。よりによって愛のある行為がという良からぬ言葉を発した時に衣笠さんが通路を通り掛かった。肩まで掛かるロングヘアが色気を醸し出す同年代と思しき女性と二人のようだが、同僚だろうか。二人ともグレーのスーツでペアルック。衣笠さんの汚れ無き笑みでの挨拶を、今回ばかりは少々不気味に受け取った僕は、顔を引き攣らせながら「こんばんは」と返した。
お読みいただき誠にありがとうございます!
本作は2014年最後の更新となります。ゆっくりの更新ですが、来年もお付き合いいただければ幸いです。
良いお年を!




