テレビから得られるもの
「良い部分は取り入れる……。そうですよね! 私もそう思います! さすが本牧さん!」
「ははは、さすがって、僕はなんてことない人間ですよ」
「とか言って、内心ではそんなこと思ってないでしょう?」
「さぁ、どうだか」
「ふふふ」
「とりあえず、衣笠さんはそのままでいいってことで」
「うんうん、逃げましたね?」
「はい、逃げました」
「素直でよろしい」
見抜かれていたか。世の中の大半の人間が人生におけるミッションを認知しそれに忠実に生きられるようになったら、この世界は終焉を迎えるだろう。故に僕は凡人よりは幾らか優れている自負がある。
だがいつか人類滅亡のときが間近に迫っても、全人類が真摯で前向きに生きているとは思えない。
それができるのは地球外生命体か、より現実的に考えるなら人工知能に人類が住むフィールドを乗っ取られ、彼らはきっと僕ら人間より真摯に内面を磨けるセンスに長けているだろう。
人類の知能レベルを人工知能が超える技術的特異点は西暦2045年と言われている。
僕が勤めている日本総合鉄道でも技術革新を積極的に進めている。
一例を挙げると、古いタイプの車両は不具合が発生した際は、人間が当該箇所を探し当てなければならないが、十数年前に登場した車両以降は車両自らが運転台のモニターに不具合発生を自己申告してくれる。
更に新幹線電車では物心ついた頃には既に駅が近付くと自動で案内放送が流れるようになっていた。
余談だが、百合丘さんいわく、東海道山陽新幹線の案内放送で英語パートを担当している声優さんは魔法少女リリカルなんとかというアニメでステッキの役を務めているのだとか。
「えぇ、さて、そろそろ帰ろうかな」
「えっ、こんな時間に帰るのは男の人でも危険ですよ!?」
確かに。ここは神奈川県内で犯罪発生率が最も低い鎌倉市だが、だからといって絶対に安心なんてことはない。
しかしなんというか、彼女に他意はないのだろうが、異性に自分の部屋での宿泊を勧めるとは。もしや僕は男として見られていないのだろうか? それとも逆に彼女が少女過ぎてそこまでの発想に至らないのか。
いや、あれこれ考えるまでもなく親切心から反射的に出た警告なのだろう。
◇◇◇
わあああ!! 私なんか誤解されかねないこと言っちまった!! こんな時間に帰るのは男の人でも危険っていう言葉に他意はないけどでもきっと世間一般では夜の営みを誘ってるように聞こえる……!!
こいつ、いやらしいメスガキだな。
本牧さんはいまきっと、私をそういうふうに思ってる!
仙台の実家にお泊まりしてもらったときみたいに家族がいるわけじゃない。正真正銘の二人きり。
わああああああ!! そうじゃない、そうじゃないんです!!
でも、もし何かの間違いや成り行きでそうなったらいいなと微塵くらいには思っている自分に、私は気付いている。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「えっ!? 泊まるんですか!?」
「え、ダメなんですか? てっきり夜は危ないから泊まっていってという意味かと」
「そ、そ、そうですそうでした! 客間にお布団敷いてきますからちょっと待っててくださいね!」
◇◇◇
どうやら衣笠さんは宿泊を勧めて程なく自らの言動が何を意味するかを理解したようだ。
衣笠さんが客間へ布団を敷きに行き、僕はベランダからリビングに入ってソファーに腰を下ろした。
テレビでも観たいところだが、他所さま宅で許可を得ず勝手に電源を入れるのはモラリズムに反する。
今くらいの時間は何を放送しているんだっけ?
お盆だから交通の混雑情報のニュースでも流れているのだろうか。
録画してまで欠かさず観ている番組といえば毎週木曜日の21時に放送している46道府県の秘密を紹介するバラエティー番組と、その後すぐ22時に放送している旬な企業や団体の取り組みを紹介するドキュメンタリーくらいで、あまりテレビとは縁がない。ただなんとなくテレビを点けているから色々な番組は知っているが、不規則勤務とあって毎日毎週は観られない。
一人の人間を構成する要素は人間関係や住環境も大きいが、テレビ番組もまたそうだろう。
子ども時分はクイズ番組やドラマ、アニメをよく見ていた。
雑学はクイズから、倫理観や能動的思考はドラマ、アニメから。
テレビはチャンネルこそ12通り、実家では50通り近くあり好きな番組を選びたい放題だが、特に興味なき分野の話題も強制的に流れ込んでくることが多い。
携帯端末では好きな情報のみを選びがちで、SNSでは自分にとって目先好都合な倫理観や哲学を鵜呑みにする者も多い時代に、テレビというメディアはリモコン一つで歯止めをかけてくれる。
普段自分の家で点けっぱなしにしているとそんなことはあまり考えなかったのに、こうして点けられない状況に身を置くと、その有難みに気付く。
「お布団準備完了です! あ、お風呂入っててもらえば良かったですね! 気を利かせられずすみません!」
客間から出てくるなり慌てて詫びる衣笠さん。
「いえ、静かなリビングでソファーに身を委ねてぼーっとしているのもいいなって思っていたところです」
「うーん、私もそういうの好きですけど……」
「いやいや本当に。それよりお布団ありがとうございます」
「いえいえ、初めて寝てくれる人が現れて、お布団さんも喜んでると思います」
初めて寝てくれるという捉え方によっては如何わしい発言だが、彼女の言うことにいちいち茶々を入れていたら事が進まなくなるので、僕は意図を汲み取り「それは良かった」と微笑んだ。




