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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会

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嵐のあとの

「じゃあまたねー!」


「はい、また」


「2日間お世話になりました!」


「はははー、お世話になったのはこっちだよ! またよろしくねー」


 にこにこひらひら、私と久里浜さんは改札口越しに互いに手を振った。


 まるで嵐のような彼女が離れ、残ったどちらかといえば大人しいふたりには静けさが訪れた。本牧さんとふたりきりが気まずいのではなく、彼女の存在感が大きすぎて、急に戻った普段の調子に心が追い付かないだけ。


 江ノ島から湘南モノレールの湘南江の島駅に向かう途中、というよりは江ノ島に架かる橋の目の前にある小田急線の片瀬江ノ島(かたせえのしま)駅。竜宮城を模した赤い駅舎がインパクト大で、遠目に見ると駅には見えない。


 茅ヶ崎へ帰るには大船経由より小田急線藤沢駅経由のほうが便利で、モノレール経由だと自宅まで約1時間かかるところ、40分で着く。自転車なら江ノ島の駐輪場から30分でもっと便利なのだとか。観光スポットが近く、手軽に気分転換できる場所に住むのも幸せを感じる要素の一つと久里浜さんは言う。


 その良さは、おもむき違えど仙台出身の私もよく知っている。かといって青葉城跡や八木山動物公園へしょっちゅうは行かないけれど、やっぱり気分転換できる場所がそばにあるのはなんだかそれだけで心が落ち着く。


 日が暮れて、空は瑠璃色。街路灯やレストランから放たれるオレンジの光が海辺の街をエキゾチックに演出していて、それはいつしかテレビで見た沖縄やハワイの夜とよく似ている。


 さすが日本のハワイ、湘南。ここ藤沢市はマイアミビーチシティー、お隣の茅ヶ崎市はホノルルシティーと姉妹都市提携をしていると本牧さんから教わった。


 モノレールの駅へ、さっきは三人で来た道を二人で戻る。商店街の飲食店はすっかり出来上がった人たちがドンチャン騒ぎしているところもあって、みんな思い思いの時間を過ごしているよう。


「湘南の人って賑やかですね」


「そうですね、茅ヶ崎なんかだと、もっと派手に騒いでるところがたくさんありますよ」


「久里浜さんみたいな人がいっぱいいるんですか?」


「いますね。みんながみんなそうではありませんが、周辺地域よりは賑やかな人が多い印象です」


「ほへぇ、私みたいにおしとやかな人は大変ですね」


「え?」


「なんですか?」


「おしとやか、ね」


「ええ! こんなにおしとやかなオトナのオンナはそうそういないと思いますよ!」


「どうしました? きのうの酒が今頃になって回ってきました?」


「ふっふっふっふっふっ、出かけ際に食べたケーキにブランデーが入っててですね! なんだかすごくいい気分です!」


 とはいえテンションが上がるほど酔うアルコール量ではなく、この感覚は久里浜さんから滲み出ているエネルギーを私が吸収して発散しているのは間違いない。


「そうですか。それは良かった」


 本牧さんもいつもより素朴な雰囲気を醸し出し、笑顔がやわらかい。


 友だちと並んでいるときと同じ距離を保ちながら歩いているけれど、今はもうちょっと近寄ってもいいかな、なんて思う私は浮かれている。


 人が醸し出すエネルギーは様々で、久里浜さんは元気、本牧さんは安らぎ、ときめき。花梨ちゃんはポップでたまにドス黒く、あの人はクールでかっこいい……。


 湘南江の島駅の薄暗い階段を上がり、宙吊り電車の四人ボックスに座るとき、私はわざと本牧さんを先に通し、私が隣の通路側に座った。


 もし私が先に窓側に座ったら、本牧さんは向かい、下手したら斜め向かいに座り、隣には座らないと思ったから。電車の狭いシートは、堂々と身を近付けられる貴重な場所。


 他に乗客はおらず、1両貸し切り状態の電車は湘南の夜空を颯爽と駆けてゆく。


 座ったとき、歩き疲れたのか二人揃ってふぅと息を漏らし、ノスタルジックな青いシートに身を委ねた。


 カーブやポイントに差し掛かる度の大きな揺れに乗じて、わざとからだを彼に寄せてみる。


 がっしりした腕と、仙台の実家を彷彿させるお線香のような心落ち着くにおい。鉄道制服とは違い、煙草のにおいはしない。


 彼はきっと、いま身を寄せている私の行動が思い切ったものだなんて思いもせず、流れゆく景色を眺めてるんだろうな。


 肘討ちはしてこないけれど、メイワクって思われてなかったらいいな。


 これからもまた、こうしてふたり、身を寄せ合いたいな。願わくばずっと、遠くの未来まで。

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