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未来がずっと、ありますように  作者: おじぃ
お盆休み・同人誌即売会
110/334

百年先もいっしょにいたくて

「そういや本牧って素人童貞だっけ?」


「いえ、というよりは純愛童貞ですね」


「純愛童貞! あったら(新)しいねぇニューワード!」


「久里浜さんは本当に幸せそうで羨ましいです」


「うんうん、幸せだよ! 恋人がいるだけじゃなくて、単身赴任とか離婚が当たり前の世の中で両親仲良く同居でマイホームあるし、茅ヶ崎在住だし。だから私は本牧にも未来ちゃんにも幸せになってほしい!」


 公の場でお下品な会話をする軽い二人の話を混沌を渦巻かせ聞いていたら、突然爽やかな流れに。


 いいなぁ、私も幸せになりたい……。


「久里浜さんって汐入しおいりさんと付き合ってるんですよね」


「うん、安全企画室の7コ上イケメンエリート。彼はやさしくて有能で、私なんか到底及ばないよ。でもいっしょにいると楽しいからって、付き合ってくれてるの。って、ちょっとノロケ話になっちゃったかな」


 ノロケ話は煙たがられがちだけれど、私にとってそれは単なる幸せ自慢ではない。人によって単純に幸せそうで羨ましいと思ったり、いまは良くてもこの先大変そうと思ったり、抱く感想は様々。幸せなフリをして仮面カップルをしているケースもあって、深く考えると人の背景が浮き彫りになる、リアルな物語。ウエディングプランナー且つ元文芸部の私はそう捉えている。


 人と人の関係は簡単じゃないと、友だちやお客さまの話を聞いていてよく思う。


 それに、ちょっと恋人自慢をしただけでお詫びをするのは世の中が殺伐としていて、出逢いの機会が少なくて、それは私のお仕事にも影響するということで。


 クビにならないようにがんばろう……。


「おノロケは気にしませんが、それより久里浜さんの相手は本当に大変ですからね」


 本牧さんが茶々を入れる。


「なんだとぉ!?」


 久里浜さんはボコボコと本牧さんの背中を叩くも、彼は「あぁ気持ちいい。肩凝ってるんです」と礼を言われる始末。久里浜さんは「でしょ!? 私のやさしい心遣いに感謝したまえ」と怒り一転笑顔で応戦。グダグダな大人の戦いが繰り広げられている。


 私は二人の会話に割って入れぬまま西日と海風を浴び、感傷に浸っている。


 私もすぐ隣にいる人と、そんな風になれたらいいのに___。


「それでもさ、日々は楽しいけど、不安なんだよ」


「フラれるのが?」


「それもちょっとはあるけど、早死にがね」


「あっ……」


 なんだろう、本牧さんは何か思い至った風に表情を曇らせた。


「未来ちゃんの会社はそういう人、いる?」


「いえ、いまのところは。まだ入ったばかりで知らないだけかもですけど」


「そっか。会社の人たちさ、定年迎える前とか、退職して数年内に死んじゃう人が結構多くて。鉄道会社は不規則な勤務体系でからだの負担が大きかったり、日勤職場でも力仕事とか汚い空気の中で働かなきゃいけないことが多いから早死にしやすいって言ってた人がいてね。本当にそれが原因なのかはわからないし、大きい会社で私の周りだけなのかもだけど確かに早死にする人が多い気はする。入社11年で知ってる人6人も亡くなって、鉄道員早死に説を教えてくれた先輩も、もうこの世にいない。


 それに、あ、えーと未来ちゃん、ホームから落ちたんだよね」


「あ、はい」


 それがきっかけで鉄道会社の皆さんと仲良くなれたけれど、事柄自体は危機一髪でもう二度と経験したくない。


「脅かすつもりはないけど、線路に入った人を見付けてブレーキかけても間に合わないってことも結構あるんだ」


「久里浜さん、よく当たりますよね」


「そう、先輩ドライバーでもまだ事故ってない人いるのに私は新入社員研修の運転シミュレーターからやってるから」


「うわぁ、鉄道会社って大変ですね」


「ほんとマジ大変。私、入社前は電車乗っててそういうのに出くわさなかったからそんなの想定しないで試験受けて。ま、彼と知り合えたのも入社したおかげだけどさ。それで死を身近に感じるようになったわけ。鉄道員じゃなくても、いつ誰が死んじゃうかわからない」


「そうだったんですか。私は震災で死を身近に感じるようになりました。大切な人がある日突然いなくなってしまう恐怖はわかる気がします」


「そっか、未来ちゃんは仙台出身だもんね」


「はい。私の周りはみんな無事でしたけど、そうでない方はどんな想いなのか、いくら想像しても足りないと思います」


「そう、だね。私なんかバカだから、ううん、バカな自分をありのままとして受け入れて良しとしてきたから、そういうところは本当にダメかも」


「そんなことありませんよ。僕は知ってます」


「ありがとう本牧。お世辞でもうれしい」


 きっと二人の間には何かがあって、本牧さんはそれを思い出し久里浜さんをフォローしたのだろう。


 本牧さんは「いえ、本当のことですから」と軽く流す。


 かっこいい……。


 ますます惚れてしまった。


「本牧はほんとキザだね。それはそうと遅かれ早かれ別れのときは来るわけで。でもずっといっしょにいたい。じゃあどうしたらいいかって、死は誰も避けられないのに打開策を考えてたとき、テレビで『あの世は階層社会で、同じレベルの人が同じ階層に集まる』って言う人がいて、それが本当かどうかは確かめようがないけど、百年先もいっしょにいたいと思うなら、私が彼のレベルまで昇り詰めるしかないなって。


 そうやって前を向いて頑張って、心からの笑顔でいる。それが私のアンチエイジング!」


「おお、なんだかロマンチックですね!」


 でもそれは、みんなができることじゃない。だから彼女は語らない。


 好きな人といっしょになれず苦しんでいる人が五万といるのを知っているから。


 そして彼女にはおそらく、得意気に恋人自慢をした自分の胸中にモヤを感じた過去もあるのだと思う。そういうことを呑み込んで、噛み砕いて、良いタイミングで吐き出しながら人は成長してゆく。それは私も本牧さんも察していて、恋人自慢でなくてもこれまでの人生のどこかに思い当たる節があるから、そこに水を注さないのが大人の約束。


「ストーカーじみてません?」


 んん!? と私はふくれっ面、久里浜さんは鬼の形相で本牧さんを睨みつけた。


 この世を去っても愛する人といっしょにいたい! そのために頑張る一途な健気さ!


 それをストーカーですと!? いやいや愛し合う二人ならお互いずっといっしょにいたいと思うはず!


 ああもうこの人、女心をわかってるようでわかってない!


 だから穴だけの関係しか持てないんですよあなたは!


 せっかく恋の炎が燃え上がったのに本人が水をかけてきた。


 それでも消火されないのがなんだか悔しくて、うれしくて、もう、この気持ちはなんなんだろう?

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