失恋旅行
この広さで家賃7万円……。
鎌倉市内の3LDKでこの価格はかなりお得だ。何か訳があるのかと勘繰りたくなる。
焼き肉パーティー後、僕らは衣笠さんの住む部屋に招待され、久里浜さんは言うまでもなく、成城さんと百合丘さんもリビングの絨毯に倒れて眠っている。三人とも寝息は静かだが、久里浜さんのスカートがめくれ上がっていて黒い下着が丸出し、尚且つ脚をおっぴろげている。ついでにバカも丸出しだ。
広い部屋だが家財道具は少なく、リビングには32インチのテレビ、ハードディスク内蔵のブルーレイレコーダー、コンポとスピーカーが設置されている程度。
衣笠さんは実家帰省時のように酔い潰れてにゃんにゃん乱れることもなく、シャワーを浴びている。
女性四人男一人の部屋で僕は間違いを起こす気もなく、衣笠さんもそれを信じてくれたのか、近所のボロアパートへ帰宅しようとした僕を引き止めてくれた。
仙台から戻ってここまで衣笠さんを送ったときも思ったが、2万円の家賃差ならそろそろ本当に引っ越したいと、先ほどこの部屋に上げてもらってその意思が更に強まった。
ベランダに出たところで綺麗な星空が見られるわけでもなく、やることのなくなった僕は即売会で半ば強引に購入した成城さん作の薄い本『失恋旅行』を開いてみた。
意味深なタイトルだ……。
はじめにパラパラと全ページを一気にめくってみたところ、中身はイラスト集だった。
まず一枚目、大学生かその前後くらいに見える茶髪でロングヘアのギャルっぽい女性が対面式とみられる駅のホームに立ち、物憂げな表情で髪をなびかせている姿が鳩尾より上をアップで描かれ、背景の駅名標や他の旅客はぼかされている。服装は白いインナーに小さな十字架のネックレス、青いデニム生地のアウター。絵の右上からは光が差しているので、朝か15時過ぎだろう。
二枚目。一枚目と同一人物とみられる女性が比較的新しい電車のボックス席から頬杖をついて黄緑色の車窓を眺め、歯が見える状態で口を開け、ぼんやりしている。下にはアウターと同じくデニム生地のショートパンツを着用している。車両の内装から東北地方の路線と思われる。成城さんは福島県中通りの郡山出身だから、旅先候補といえば沿線に観光地の多い磐越西線が濃厚か。
「お先ありがとうございまーす」
次のページへ移ったとき、衣笠さんが緑のジャージと黒いTシャツ姿で背後に出現した。女性用シャンプー独特の湿気を帯びた甘い香りが漂い、眠気を誘う。
「おっ、戦利品を見てるんですね! これはどこのサークルの本ですか?」
戦利品とは、即売会場で入手したアイテム全般を示す用語らしい。
「成城さんが描いた本ですよ」
「おお! さっき焼肉屋さんで返金するとかなんとかでごたごたしてたのですね! 私も見たい!」
僕の左肩に寄り、本を覗き込む衣笠さん。女慣れしている僕がこのくらいで心揺らぐなど普段はないのだが、彼女だとなぜか意識してしまい、振り返ってうっかり胸元を覗き込んでしまったり、髪と頬を接触させたくなってしまう。
数年前、ある女性と夜を共にした際、彼女のカラダに僕の局部が反応せず、「お前イ○ポかよ使えねえ!」と怒らせビンタを喰らったなんてこともあり、身体機能の衰退を感じていたところだが、相手によってはまだまだ敏感に反応するのだと確認できた。




