華やかで泥臭い世界
衣笠さんと百合丘さんに頼まれた本やグッズの買い物を終え、せっかくだから僕も直感的に惹かれた作品をいくつか購入してみた。
無機質な空間に無機質なサークルスペース___。
僕の視点からそれは、まるで終戦直後の闇市を現代に持ち込んだ場のような印象を受けた。
サークルスペースの机上に平積みされた、おそらく権利者に無許可で製作したであろう二次創作物の数々がその心象を後押ししている。
大してアニメや漫画に詳しくない僕が二次創作物とわかったのは、普段テレビCMで流れていて脳内に刷り込まれた作品や、会社でコラボレーション企画に関わった作品があるからだ。
そういえば日本のエンターテインメントが発展したきっかけは、終戦間もないころの闇市やアメリカ進駐軍の娯楽施設が関係しているんだっけ。闇市に頼らなければ食糧調達できなかった人々が進駐軍専用クラブに雇われ、楽器を演奏して食い繋いだ。そんな時代背景があって、現代のエンターテインメントがある。
あのサークルのワイルドなイラストも、あっちのサークルのとびきり萌え系なイラストも、ルーツを辿れば焼け野原から這い上がってきた根性だ。
なんて華やかで、泥臭い世界だろう___。
ホールの中ほどにある『島中』と呼ばれるスペースでは、いらっしゃいませ、ありがとうございます、などと消費者にごく一般的な応対をしている売り手もいれば、所謂オタク用語なのか、理解不能な言語らしき文字の羅列がスクロールしている電光掲示板付きアイマスクを着用して口を開け仰け反り鼾をかいている者もいる。
やっぱりどこか、闇市っぽい。
しばらく島中スペースの通路を見回っていると、パイプ椅子の後ろに既視感あるタッチのイラストを掲げたサークルが目に留まったので、作品を購入してみようと立ち止まった。
「いらっしゃいませー! って、本牧くん!?」
「お久しぶりです。こんなところにどうしたんですか?」
パイプ椅子に座ってイラスト本を売っているのは運転士の久里浜美守さん。僕より3つ年上で、勤続年数は高卒なので約10年。神奈川県茅ヶ崎市出身だが入社時は他県の支社に配属。駅係員、車掌、運転士を経験。その後、当該エリアの利用者減に伴い列車の運行本数が削減され、僕らと同じ横浜支社へ転勤となった。茶色がかったショートヘアで29歳とは思えないくらい若々しく、10歳下の百合丘さんとも仲良し。
「後ろで段ボールを物色してる不愛想な子がつくった本の売り子をしてるんだよ。ほら、お客さん来てるんだから挨拶くらいしなさい」
「どうしてあなたがここにいるの? まさか花梨から聞いて冷やかしに来た? 口止めしておいたのに」
久里浜さんに促されて渋々顔を上げたのは福島県郡山市出身、神奈川県茅ヶ崎市在住の営業主任、成城英利奈さん。よく知った顔だ。買い手が来ても作者はバックで何かしているか売り子の隣に座って携帯機器を操作している場合があるのは他サークルで名札を確認し、珍事ではないと知った。しかし営業のプロであり、僕自身普段の振る舞いをよく見ている彼女がそういうことを恒常的にするとは考え難く、僕の存在に気付いて敢えて知らんぷりをしたと仮定すると合点がゆく。
「たまたま通りかかっただけですよ。会場に来ているのは百合丘さんと衣笠さんのパシリをしているだけです」
「そう。で、買うの? 買わないの? 買わないのね」
「買ってほしくないんですか?」
「……」
「新刊、既刊、それぞれ一冊ずつください」
「ありがとうございまーす! 合計千円でございまーす!」
「ちょっ!? ちょっと!? なに勝手に」
「千円ちょうどいただきまーす! ありがとうございまーす!」
狼狽する成城さんを他所に久里浜さんと僕の間で本と紙幣の交換を行い、手早く取引を完了した。
いずれの本にも表紙には10代から20代くらいと思しき女性のキャラクターが描かれている。少年漫画でも少女漫画でも通用しそうなキレとまるみを兼ね備えたタッチだ。
今すぐにでも中身を覗きたいくらいだが、帰宅してからにしておこう。




