ドキ×2
僕は幼なじみの明日香と久しぶりに会っている。
日照りが暑い、昼下がりの駅前で。
「直樹背高くなったね」
「明日香はこの前より可愛くなったね」
ガタンゴトン、ガタンゴトン。明日香が乗ってきた電車が動きだした。
「暑いね、アイスのように溶けちゃいそう」
「そこのカフェで話そうか? 冷たい物でも飲みながら」
指を差した先にあったのは最近オープンしたカフェ
「smile」。悲しい事なんて笑えば楽になるよ、君だけが楽しくても笑っちゃおう、皆で笑えば幸せを分かち合ってる感じがするよね――をキャッチフレーズに十代〜二十代の女性を中心に人気を博しているお店だ。喧嘩中のカップルにも人気があり、仲直りするには
「smile」だよね、はカップルには常識。
そんなカフェを選んだのには訳がある。明日香に……。
「もう半身溶けたかも」
明日香は僕の汗ばんでいる手を繋ぎ、周りから見ればカップルに見えるかもしれないと妄想しながらカフェに入った。
★
昨晩、突然明日香から電話がきた。僕は、久しぶりだね元気にしてた? と約半年ぶりに幼なじみへと元気な声を掛けた。すると明日香は、
「明日久しぶりに会おうよ。そろそろ限界でしょ」
「……限界?」
笑い声が聞こえた。きっと大きく口を開けて笑ってるんだろう、手を叩きながら笑ってるんだろう。
「性欲だよ。直樹はエロいからな」
「電話切るぞー」
冷やかしかよ。頼むからこんな時間にやめてくれ。
「あー切らないで! 直樹は女の子からの誘いを断るの? いつそんな奴になったのよ」
「明日、て言うか今日は朝からバイトなんですが」
「仕事と私どっちが大切なのよ! 勿論私よね」
「勿論仕事」
……
…………
………………
「黙るな! 明日香はいつも自分が不利になると必殺技沈黙を使うよな」
「私の勝ち、電話を切らなかった直樹の負け。って事で今日のお昼は直樹が選んだお店で色々話そうね♪」
「えっ?」
ツー、ツー。
用件だけ済ましたらさっさと切りやがった、一体明日香は何を企んでるんだか。どうせなら、もっとおしとやかな女の子が幼なじみだったら良かったのに。
「はぁ」
溜息をついた僕は、折り畳み式ベッドで寝転がりながら抱き合っている親友の塚本と彼女の友里ちゃんを睨む。鋭い目付きで。
「暑苦しいからやめろ!」
塚本と目が合った。そしたらニコりと笑って、友里ちゃんとキス。
「お前らなーいい加減にしろよ。ここは僕の家だ、愛し合うなら自分の家でやってくれ」
テーブルの上にあった内輪で扇ぎながら言った。この二人を見ていたら暑くなってきた、別に興奮とかはしてないから。
「エアコン壊れたし」
「私達は空気と思って良いからさ」
二人ともニコりと笑っている。お前ら馬鹿か、僕の寝床を占領している奴らを空気と思えって? 無理がある、てか無理だ。
「そんな事より若者に人気のお店とか知ってる?」
『smileかなぁ』
スマイル、どんなお店かわからないけどこのバカップルが言うんだから良いんだろうな。よし、ここにしよう! 早速メールしないと、明日香に。
「ありがと、じゃあ今日は帰って」
二人は驚いている。塚本は近所迷惑な大声で文句を言っているが、さっさと帰ってほしいから聞こえてない振り。友里ちゃんは、頑張ってね、と僕の耳元で言うと出ていった。塚本は急いで後を追う。
「頑張れって何を?」
バイトか、勉学か、交友関係か、それとも。
そんなの馬鹿馬鹿しい。アイツは恋愛対象じゃないし、そもそも女として見れないし、それに――。
「な、なんだよコレは?」
その時、心臓の動きがいつもより強く感じた。
★
「私溶けてませんか?」
「えっ」
店員さんに真顔で質問する明日香。大丈夫ですよ、全然溶けてません、でも風にあたると溶けるスピードが速くなりますのでご注意して下さい! 店員さんは真顔で言った。
無視して良いのにわざわざ。接客ってここまでしないとイケなかったか?
「今度は崩れそう」
「僕はレモンティーで。明日香は?」
「同じので」
すると店員さんは、スマイルでキッチンへと向かった。そして直ぐに持ってきた、一つのレモンティーを。グラスにもたれている二股に分かれたストローは、どう見てもカップル専用のストローだ。
「ごゆっくりスマイルになって下さい」
店員さんは行ってしまった。どうしよう、僕達は付き合ってないのに、こんなストローで。
底に沈んだレモンを切なく感じる。
「一緒に飲もうよ」
明日香は躊躇わない。これが普通なのか?
「うん」
ストローへと口を近付ける。明日香はもうくわえていて、僕を待っている。
ドキドキ、ドキドキ。音が聞こえそう。
「美味しいね」
「そうだね」
何だか恥ずかしい、今までこんな感情なかったのに。明日香ってこんなに可愛かったんだな。
「レモンつんつ〜ん」
こどもの時はいつも一緒にいてまるで兄妹のように仲良くて、将来二人は結婚して幸せな家庭を持つと親戚一同の前で宣言した。
そんな僕達は四年生の時に離れ離れになった。明日香のお父さんの仕事の都合で引っ越す事になり、僕は夜通し泣きじゃくった。泣いてる内に行ってしまい、この時ばかりは明日香を大嫌いになって、絶交しようと思った。でも数日後手紙がきて、それを読んで大嫌いじゃなくなった。
――いつまでも泣かない、男でしょ――
同い年なのに頼りがいがあって、お姉ちゃんって感じがした。今は年下のように思っちゃうけれど。
さて、そろそろ勇気だしますか!
「猫のミーちゃんは元気? しばらく見てないから気になって」
「元気だけど、もう年だから昔みたいに走り回れないよ」
同世代の女の子と比べて君は子供っぽい。ぺっちゃんこだし、色気ないし、童顔だし、背が低いし。誰かが守ってあげないと危なっかしい、皆がそう言う。
「今日はあたたかいね」
「うん。気を抜いたら夢の世界に行ってしまいそう」
ドキドキ。僕の心臓はアリエナイぐらい脈打っている、はち切れそう。だって君と喋っているから、だって誕生日にあげたイルカのネックレスを首にかけているから、だって久しぶりに会えたから。
「なんかさ、緊張するよね、何でだろう」
「そうだね。私達幼なじみなのにね」
暖かな風が店内に入り僕の心をぽかぽかにする。前に座る君は、僕と中々目を合わせようとしない。目が合うと頬を朱色にして恥ずかしそうにあっちを向く。そんな仕草をする君は可愛いくて、もっと一緒にいたいって思う。だけどそれ以上に強く望むのは。
「ねえ明日香……」
「何、直樹?」
ドキドキ。額から一筋の汗が流れ、君と目が合った。やはり恥ずかしそうにしているね、でも今から僕が言う事をしっかり聞いてほしい。驚くかもしれない、答えを直ぐに出せないかもしれない、さらに恥ずかしくなるかもしれない。でもね、ちゃんと受け止めて、僕のアタックを。
「僕と付き合って下さい」
「えっ」
陽光に照らされた氷は光っていた。滴はグラスを伝いコースターへと落ちていく。その間にも鼓動はスピードを上げたので、右手で胸部を触る。
ドキドキ。ドキドキ。
こんなに激しく動いているコイツは初めてだ。それほどまでに僕は君を想っているのか。
「明日香が好き、大好きなんだ」
「直樹……」
答えを待とう。僕は心の丈を伝えた、あとは君の思いを僕に伝えるだけ。
「私、私ね」
恋愛感情なんて何一つなかった幼なじみの君に、気付いたら心引かれていて、何でもない事で緊張してしまう自分がいた。この時分かったんだ、僕は明日香の事が好きなんだって。やっと明日香を一人の女性として見れた。だから迷わずアタックした、好きだから。
「私も好きだよ、直樹」
胸が高鳴る。ドキドキ。