はじまりのとき 2
「へぇ、凄いね、これ本物かい?」
狙いを定めて集中していると、左手にふと触れるものがあった。
「おい、なにしてるんだ!危ないっ、とにかくにげろ」
この状況はかなりまずいと、内心焦りながらも竜雅は敵から目を離せないでいた。
目の端に、なぜか好奇心に目を輝かせる紫煙の顔が映る。
「逃げる?この俺が?冗談じゃない!!」
「はぁ?」
逃げるようにうながすも、紫煙には逃げる気なんてさらさらないようだった。仕方なく竜雅は後ろ手で庇いつつ敵の様子をうかがう。3対1に加えて、平和ボケした地球人を守らないといけないとなると、流石に分が悪い。
「わかってるのか、ゲームじゃないんだ」
押し殺した声で言いつつ、ちらりと紫煙の顔をうかがうと、口に浮かべるは悪魔の微笑み。見たことのない紫煙の表情に一瞬、魅了されてしまった。瞬間、こちらの隙を狙うようにしていた敵のバズーカ砲が放たれた。
「くそっ!!」
竜雅は紫煙を抱きしめると、全身を覆っていた保護シールドを強化した。
密着したため、強化した保護シールドが紫煙まで包み込み、多少の攻撃なら衝撃ごと殺してくれる。
だが、これは科学ではなく魔法学の分野にあてはまり、地球という地上に魔力が皆無な状態と、竜雅がもともと苦手としていることもあって、そう長くはもたない。
竜雅は先ほどから報告を!と煩くイアホン越しに言ってくる本部に無線をつなげた。
「本部に次ぐ、敵はレベル3程度のものと判明。装備はCランク。武器の掘られる文様からダウラ星のものと考えられる」
「無線でもつながってるのかい?本物のシールドなんて初めて見たよ!」
あまたの砲弾が当たってるにもかかわらず、なんの衝撃もうけていないことや、竜雅が虚空へ向かって話し出したことに対しても、紫煙の表情に見えるのは怯えではなく、好奇心だった。
「ああ、もうっ!」
今すぐ気絶させてやりたくなる衝動を抑え、竜雅はライフルを放つ。空気を切り裂く鋭い音、反動を殺しつつ、着弾を確認する。
「目標1、ロスト。遠距離用の1機だ」
まずは遠距離の武器を殺す。兵法の基本である。残りは近距離用の2機。遠距離兵器がつぶされたことにより、攻撃をやめ、様子を窺うようにくるくると竜雅たちを中心にゆっくりと旋回している。
「これ、一番易しい方の小型銃」
「みたことない機種だね」
竜雅は携帯用の小型銃を紫煙に手渡した。遠距離機を片づけた今、接近戦で一気に方をつけたいところだが、さすがに紫煙を抱いたまま飛んだのでは戦闘にならない。
「もしもの時は、自分で撃て」
「OK、使い方はかわらないみたいだな」
竜雅が真面目に話しているにも関わらず、紫煙の受け答えは軽い。拳銃をおもちゃのように興味深そうに眺めている。そのまったく緊張してない様子に竜雅の顔が引きつった。地球にいた3年間、日本に住む一般人が軍事指導を受けていたところは見たこともないし、そんな情報も入ってきていない。つまり、紫煙は素人だ。まともに銃が撃てるはずがない。渡したほうがかえって危険だったかと後悔をしつつ、強い口調で紫煙に言う。
「撃たれたら、死ぬんだぞ」
「撃たれたら、死なないはずないよ」
紫煙の唇が意地悪そうに上がる。言いたいことは山ほどあるが、今は時間がないと竜雅は唇を強く噛んだ。紫煙の戦闘に対する意識がどのようなものなのか知ることよりも、援軍を呼ばれないために早く敵を片づけることのほうが大切だと天秤が傾いた。それに、紫煙がやられるより先に、敵を倒してしまえばなんの問題もないと自身を納得させ、竜雅は紫煙と向き合った。
「バリアを外す。それと同時に君は屋上の扉まで走って校舎に入るんだ。」
「…OK、要するに撃たれなかったらいいんだろ?」
「まぁ、そういうことだ」
竜雅は紫煙の答えに違和感を感じたが、シールドの限界を感じ、その意識を隅に追いやる。
大きく息を吐くと、紫煙の瞳をまっすぐに見つめた。視線が視線をとらえる。何かを感じたらしい、そこではじめて困惑をみせた瞳とぶつかった。若干の罪悪感を覚えつつ、竜雅は忘却と暗示の呪文を早口に小声でつぶやく。
「紫煙、君は屋上の扉を抜けると、今起こった出来事のすべてを忘れて教室まで帰る、いいね」
「なっ!!」
そう言って、竜雅は紫煙の額にキスを落とした。唇が触れた場所に術式が浮かび、吸い込まれるようにして消える。突然のことの状況が呑み込めず、唖然としている紫煙をよそに、竜雅は敵に意識を集中させた。
「シールドを外す。3、2、1!!」
シールドの解除と同時に、竜雅は目標に向かって跳ぶ。と、同時に、銃声が2つ。竜雅の隣を切り裂くように進み、命中。目標物が落下と同時に消滅した。
「!!」
驚いて後ろを振り向くと、10メートル下の屋上に銃口を構えた紫煙の姿があった。
「忘れるなんて、冗談じゃない!こんな面白いこと」
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