覚えている、気づいている
初めて自分の文章が
活字になった日を覚えている。
いまはなき、
ボーイズラブアンソロジーの
お手紙コーナー。
当時、中学生だった。
初めて自分のイラストが
掲載された日を覚えている。
「いいセンスしてるよ」と、
さくらももこ先生に
コメントをもらう。
当時、高校生だった。
初めて自分の姿が
ビデオ画像として映った日を覚えている。
白い肌、薄い胸、
ぽよぽよのおしりをさらして
困惑した表情。
当時のぼくなりの演技だった。
初めて自分の姿が
テレビの電波をとおして映った日を覚えている。
やつれた顔で、偉そうに
人生の成功を信じて疑わない
踊らされた若造。
当時、ぼくは占い師だった。
初めて自分の文章で
稿料をいただいた日を覚えている。
いまはなき雑誌の
いくつかの担当ページは
いつも、てにをはを直された。
当時、ぼくはライターだった。
初めて自分の作品に
ファンレターが来た日を覚えている。
子どもの字、
「だいすきです、おとうとより」
字の書けない弟に代わった兄の頑張り。
当時、ぼくは絵本作家だった。
覚えてしまった感動は
忘れられないあの時は
同じことがもう一度起こっても
そのときほど新鮮に
ぼくの琴線を叩かない。
それでもあのときの
心臓の音、脳波のゆらぎ、アドレナリンの味、
忘れられないからこそ
もう一度と願う。
小学生で気づいてしまった
自分の正しさ。
相手の正しさを受け入れない自分。
中学生で気づいてしまった。
自分の世界。
まるで自分だけが心をもっているかのよう。
気づいてしまった、気づいてしまった。
自己顕示欲と自己嫌悪。
なにもできない人の身で
存在することをだけ。
ぼくはここにいる、と。
ぼくは、ここにいると。
初めて
教壇にたった日を覚えている。
自己顕示欲を満たすだけ。
満ちて自己嫌悪に浸るだけ。
気づいてしまった、気づいてしまった。
ぼくはここにいてはいけない、と。
ぼくは、ここにいてはいけないと。
ゆうゆうと流れるのは余生。
たいくつな時間。
大好きなひとを想う時間。
ぼくの頭の中から
幸せになる義務が消えて
ぼくの頭の中から
幸せにする責任が消えて
ぼくの頭の中に
自己満足を目指す輝かしい光がともったのに
ぼくは気づいている。
面倒なことに挑戦すれば
たいくつが紛れて、
面倒なことに身をおけば
ひとしおに達成感がある。
ぼくは、ここに、いる。
それに、気づく。
結構真面目に実話詩を書いたのは久しぶりのことであります。




