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ファッション・センス

「ありがとうございましたー」


 大型電気店のケータイコーナーを抜けた俺は、無意識にため息をついた。先日破壊したケータイを新調する為とはいえ、なかなか酷い出費をしてしまったものである。昨今の機械の頑丈さを信頼していた俺は、残念ながら年間保障の類には入っていなかった。まさかガノタの発言にイラッとしてついつい握力で破壊してしまうなどとは思っていなかったのだ。お陰で違約金やら新品の代金やらと、下手すれば契約時よりも高い金を払う事になりかねなかった。読者諸兄の中にこれからケータイを購入する方がいるならば、年間契約程度はしておいた方が良いと強くオススメしておく。人生とは何がおこるか分からないものである。

 さて、自分の用事が済んだ所で俺には考えなくてはならない事がある。言うまでもなく、ガノ太の更正プロジェクトについてだ。先日はチャリンが途中で飽きてしまったせいであの後ほとんど話しにならずにブリーフィングが終了してしまったのだ。勢いで受けてしまったが、考えなくてはならない事は山程ある。

例えば、会い方や教え方という基本的な部分だ。当然の事だが、ガノ太の更正はヌシから頼まれた事であり、ガノ太本人は俺の目的を知らない。先日は女の子の紹介という形で呼び出す事には成功したが、どのような名目で呼び出せば良いか。そして、呼んだら呼んだで、ガノ太に気取られないように更正を促さなくてはならない訳だ。流石に俺は会って間もない人間に「お前は人としてあまりに終わってるからせめて人間レベルに上がって来い」などと言うような常識のない大人でもないし、そう言っても相手はかえって意固地になるだけだろう。如何にしてモテる秘訣などの話題に話を持って行き、それをやる気にさせるかが重要になってくる。


「さて、一体どうしたもんか……」

「挙動不審ね、フサ」


 思慮に耽っているところに背後から話し掛けられ、俺は弾かれるように背筋を伸ばした。多分これで寿命が1時間くらいは縮んだ、30代としては大きなロスである。一体俺の貴重な寿命を削ってくれたのは何者かと振り向くと、ややキツメの目つきが特徴的な女性が立っていた。素人目にも高そうな服を着こなし、ピンと背筋の伸びた姿勢で立つ優雅な佇まい。ここまで周囲の目を気にした立ち居振る舞いができる人間は、俺の知り合いに一人しかいない。


「タカネ、変な所で会ったな」

「そうね、変な所で変な人に会ったわ」


 冷ややかさすら感じさせる目つきで彼女、タカネは応える。これはまずいタイミングで厄介な人物に出会ってしまったかもしれない。俺は心の中で自分の不幸を呪った。

 タカネは俺が常日頃から集めている妹ハーレムの一人だ。無論、血は繋がっていない。あくまでプラトニックな、義兄弟のような関係と言っておこう。ぶっちゃけハーレムと言っても俺に好意を持っている人間はほぼいない。そんなモンがいたら俺はとっくにその娘と付き合って独り者生活とおさらばしているだろう。このタカネはそんな妹の中でも特にプライドが高く、脈が感じられない一人だ。その気高さたるや、今やハイパーリア充である俺をして「自分に三十路まで彼氏がいなかったら百歩譲って結婚しなくもない」と言わしめる程である。

 加えてそれが高望みでないのが始末に負えない。服飾系短大卒の彼女はファッションや化粧などには恐ろしい程の知識を持ち、それらを全て自らこなす才女なのである。これだけ努力を怠らない彼女だ、自然と他人にも厳しくなってくる。恐らく今彼女は、道端に突っ立って独り言を呟く俺の姿を滑稽に思っていることだろう。下手をするとお小言だ、なんとか話題を逸らさなくては。


「こ、こんな所でどうしたんだ? 確か人の多い所は好きじゃないって言ってたよな」

「そうだけど。それでもケータイを買うのならばケータイショップに行くしかないわよね」


 なるほど、どうやら彼女もケータイの新調をしに来たらしい。奇遇だとは思うが運命的な物を一切感じないのは相手が相手だからか。だが、そんなやるせなさもさることながら気になる事がもう一つ。


「あれ、でもタカネはこの前新機種に変えたばかりじゃなかったか?」

「予想外だったわ、まさか機種変のすぐ後にiPonが出るなんて」


 俺には一瞬タカネの言っている意味が分からず、思考停止に陥る。iPonと言えば最近出てきた新機種で、流行りの音楽プレイヤーよろしく画面を指でタッチするだけで操作ができる物だ。ボタン操作よりもよりイメージ的な動きで操作できるのが売りで、性能も言ってはなんだが従来の物とは雲泥の差。もはやパソコンのそれに近く、あと三世代も進めばパソコンとの連動も可能なのではないかという程である。それが出たからここにいる、という事は当然iPonを買いに来たという事になるが。


「……まさか、iPonの為にわざわざ違約金を払ってまでまた機種変を?」


 こともなげにタカネは頷く。なんというヤツだ、いくら今人気があるiPonの為とは言え、買ったばかりのケータイを放棄するとは。流れ作業で品格もなく頑張ってる派遣の皆さんに謝れ。ただでさえ今のiPonはまだ世間が追い付いておらず、買っても電話以外にすることがない状態だと言うのに。


「良いこと、フサ。最先端を行くという事はそれだけ価値がある事なのよ。少し待てば次第に必要な経費も減っていく。逆に言えばイニシアティブにはその金額分の価値があるという事になるわ」


 力説するタカネに気圧されたのか、俺は思わず頷いてしまう。確かによく、自分が定価で買った物がすぐに値下げしたりすると損をした気分になるが、なるほどそういう考え方もある訳だ。そしてタカネはイニシアティブの為に金を惜しむつもりはない、と。なかなか芯の通った考え方である。

 タカネが昔言っていた事だが、ファッションにおいて姿勢というのは非常に大事なのだそうだ。それは立ち居振る舞いという意味もさることながら、ものぐさを出さずに流行の最先端を知り、それを自らの物にし続けるという精神的な物も含まれているのだという。こういった所にも彼女の性格が現れているのだろう。ガノ太のヤツに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。


「……まてよ?」


 そこでふと閃く。タカネは美人だし、また女の子の紹介という名目でガノ太を呼び出し、彼女に同行してもらうのはどうだろうか。彼女の他人に厳しく、自分に厳しい性格はある意味俺よりも適任かもしれない。


「フサ、考え事があるなら一人になってからにしなさい。目の前の相手に失礼よ」

「あー、すまん。お前に関する事だったんだ」


 俺の答えにタカネは一瞬怪訝そうな顔をした。だがそれも一瞬の事で、直ぐに表情はいつものすまし顔に戻る。こういう表情も意識して作っている訳か、末恐ろしい。


「さっきから何事かお悩みのようだったけど、関係する事かしら」

「そうだ、実は今厄介な頼まれ事をしててな……」


 俺は「立ち話はみっともないから」と言うタカネを喫茶店へと連れ立ち、電気屋を後にした……。






「と、言うわけで友人のタカネです」

「初めまして」


 俺がそう紹介すると、タカネは姿勢を崩さないまま会釈をした。一つ一つの動作は丁寧なのにうやうやしさが一切感じられないのは恐らく気のせいではあるまい。それを知ってか知らずか、向かいに座っていたヌシとガノ太もおずおずと頭を下げた。

 ケータイの新調から三日、俺達は先日ガノ太と会った時に使ったファミレスに来ている。一度そのガノ太の様子を確認したいとのタカネたっての希望だ。暇でも持て余していたのか、事情を説明すると彼女は随分と協力的だった。ガノ太の更生への協力を快く承諾してくれ、急ぎ俺がこの場をセッティングして現在に至る。その行動力も彼女ならではと言えなくもないかもしれない。まぁ、それでとばっちりを受ける俺やヌシはたまったものではないのだが。

 今回もヌシは同席している。と言うか、ガノ太への連絡は彼に一任する事に協議の結果決定した。チャリン曰く「フサ兄を不用意にガノ太に近づけると十七分割くらいは軽くしそうだ」との事である。人をスプラッタな殺人鬼のように言わないで欲しいが、正直否定できないので俺も渋々了承した。良く考えたら、この男を使っている時点で呼び出す方法もなにもあったものではなかったのではないかとふと思う。まぁ良い、エサがないと魚は釣れないのだ。

 さて、そんなこんなでこうしてガノ太、ヌシの二人と同席するのはこれで二回目となるが、最初とは明らかに違う点があった。ガノ太だ、ヤツがやけにそわそわしている。加えて視線はチラチラとタカネを見てはすぐに外す、という繰り返し。明らかに挙動不審だ、この場におまわりさんがいたら速攻で「こっちです」と呼び出す事も辞さない。しかも、


「タカネさん、な、何飲みます?」


 前回は自分の分だけだった上に、ガンダム名言でそのお茶すらも濁してくれたガノ太が、他者の分のドリンクバーも持って来ようと立ち上がったのである。ちなみに俺は聞かれていない、贔屓だ。ここまで来たら最早意味が分からないのはラノベの無気力系主人公くらいだろう。ガノ太め、タカネの事が気になるらしい。


「身の程知らずめ」

「なに、藪から棒に」


 ガノ太が飲物を取りに行った所で、ヌシは俺達に気を利かせてトイレに行ってくれた。好機と見た俺は、早速簡易の作戦会議を始める。


「さて、見た感じどう思った?」

「そうね、十七回程転生を繰り返して、全て上方修正が掛かったら、百歩譲って恋人候補の番外に入れなくもないわ」

「ないわーらとてっぷですね、分かります」


 思わず出た言葉に、タカネは怪訝そうな顔をした。これはチャリンの造語なのでタカネが知っているはずがないのだが、それでも仕方がない。気に入った言葉があるとついつい使ってしまうのは人の性なのである。

 ちなみに、こんな意味不明な表現がすらすら出てきてしまう事からも分かるかも知れないが、タカネもそこそこにオタクだ。余談ながら、俺がオタク知識を持っている事を知っているからこそのこの表現であり、一般人相手には対応した会話ができる事は彼女の名誉の為に明記しておく。


「これは、難問だわね……どこから手を付けるつもりなの?」

「まずは外見だろうな。見た目が論外じゃあ中身をいくら変えても仕様がない」


 タカネは無言で頷いた。言葉はあれでも彼女にしてはかなり柔らかく言ってくれた方だ。目は口ほどに物を言う、タカネの目は完全にガノ太を飛べない豚か何かとして認識していた。ただでさえ豚なのに空も飛ばないとなったら酒場のママすら口をきいてくれまい。まずは人間に戻すところから始めなくては。


「そう。なら忠告するけれど、体型は諦めなさい」

「……どういう事だ?」


 平静を装って聞き返したが、内心ではかなり動揺していた。なにせやろうとしていた事をいきなり真っ向から否定されたのだ。いくらタカネとは言え相応の理由を聞かなければ納得できない。


「考えても見なさいな。貴方、こんな自分にとって何のメリットもない更生に、どれだけ時間を掛けるつもりなの? それも、つきっきりで」


 彼女の説明を要約すると、このようになった。ガノ太程のデブのダイエットは、当然だが相応の時間がかかる。加えて生活習慣やら何やらと、実生活に非常に密着した部分の改善を要する為、それができているかの監視も当然必要だ。実質の所、外堀からさりげなく行うことなどできない領域なのである。


「外見は服装だけに済ませる事ね」


 なんという事でしょう、煩雑過ぎて手が付けられなかった条件は、タカネの手によって早速一つ削られてしまいました。確かに今のままでは難しいと思ってはいたが、こうも迷いなく決断してしまうところは流石タカネといったところか。この際だから他人事だから適当にやっているかも知れないという可能性は考えない事にしておこう。思った通り、戦力としては申し分ないようだ。


「お、おまたせしました」


 丁度話がまとまった所でガノ太が戻って来る。今回は名台詞()はナシだ。タカネがいるから一応考えてはいるらしい。と、言う事は引かれる事だという自覚はあるのか、性質が悪い。

 やがてヌシも席に戻り、しばらくはグダグダと談笑していた。その間に逐一はさまれるガノタの意味不明な台詞は思い出すとイライラするので割愛するとして、ふとしたタイミングで会話が途切れるとタカネが俺に話しかけてきた。


「そう言えばフサ、今日はメイビーハズレナーね。気に入ったかしら?」

「ん? ……あ、あー! そうだな、サイズもあるしセンスも良い」


 突然の話題転換に一瞬戸惑ったが、直ぐにタカネの意図を理解した俺は首を縦に振る。メイビーハズレナーは海外でそこそこ有名な洋服メーカーだ。高級で流行の最先端を行くデザインの洋服がしこたま置いてある、訳では全くない。むしろその逆で、デザインで言うなら無難な物が非常に多い。つまり外れが滅多にないのだ。これはある意味強みと言って良い。なにせ困ったらとりあえずここで買えば良いのだ、ファッションのへの字も分からない諸兄もここで服を買えばまず街中で後ろ指を指される事はない。値段は多少張るが、あまり安さにこだわっても良いことはない。値段を聞かれたときにもにょる事になるのは諸兄なのだ。


「やっぱり値が張っても、サイズが合っててデザインが良いものが欲しいからな」


 これ以外にも少し大袈裟気味に誉め言葉を並べ立てながら、話題を少しずつメイビーハズレナーの話、ひいてはファッションの話に持っていく。それと反比例するように口数が少なくなっていったのはガノ太だ。赤べこか何かのようにカクカク頷いているが、これは十中八九知ったかだろう。やはりヌシもタカネの知識量に圧倒されている感はあるが、ガノ太の比ではあるまい。ヤツは目が完全に死んでいる。オタク諸兄には是非目に焼き付けて頂きたい、これが合コンにユニクロで来てしまった男の末路である。


「ガノ太さんは好きなブランドはあるかしら」


 タカネの追い打ちは更に続く。これでガノ太にファッション知識の無さを露呈させ、公開処刑するつもりなのだろう。初対面であるにも関わらずえげつない手 である。ガノ太はどもりながら、視線をバタフライ並みの勢いで泳がせた。しかし、少しの間を置くと何か思い付いたらしく捲し立てるように話し出す。


「僕はあまりブランドにはこだわらないんですよ。服は着られる事こそが本懐だと思っているので、あまりお金はかけないんです。強いて言うなら、安いものを選ぶ事にこだわっています」


 言い終わって小さく一息つくガノ太。やり遂げた表情でコーヒーに手をつけているが、一応確認しておこう。全く切り抜けられていない。こんなものはファッションを知らない人間の典型的な言い訳だ。聞かされている側からすれば、一言目ですでにお察しである。読者諸兄の中にもこんな言い訳をした経験がある方がいるなら、是非改めた方が良い。一同その発言に絶句していたが、やがてタカネが口を開いた。


「そうね、けれど一張羅の一つくらいは持っていた方が良いわ」


 顔を少し前のめりにして、上目遣いでそう語り掛ける。その仕草は真横で見ていただけの俺ですら一瞬ドキッとする物があった。無論、正面にいるガノ太には効果てきめんだろう。ヌシですら息をのむ様子が見えた。タカネ、なんとも恐ろしい子である。彼女がその後放った一言は、ともすればガノ太すら揺り動かしたかもしれない。願わくば、これでメイビーハズレナーに注文の一件も増えれば良いのだが……。


「大切な人にはやっぱり、最も美しい姿を見せたい。そうでしょう?」

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